自然科学の視点に経営学ぶ
日本特殊陶業会長兼社長 尾堂真一氏
自分が生きている地球とはどんなものか。そこにいる我々、人間はどのような存在なのか。学生時代から哲学のような自問自答をしながら、解を求めて書店の中を彷徨(さまよ)っていた。自分の立ち位置を確認したい、大きな歴史の流れの中で愚直に生きる姿勢を学びたいという気持ちもあった。そんな中、数年前に目に飛び込んできたのが『宇宙から学ぶ』。著者は2度も宇宙飛行を経験した毛利衛氏。本の帯にこうある。「私たち人間は何者で、どこから来て、どこへ行くのか。その問いにたいして、私はこの本で一つの回答を示すことができたらと考えています」
おどう・しんいち 1954年鹿児島県生まれ。専修大卒。77年日本特殊陶業入社。ドイツ、豪州、米国の現地法人などを経て2011年社長。16年から現職。
探し物が見つかった気がした。ちょうど東日本大震災があった年で、自然の猛威の前になすすべもなく、科学の力で生み出した原子力発電が津波の被害によって制御不能になり、誰もが打ちひしがれていた。だからこそ、地球を包み込む宇宙から示唆を与えてもらえないものかと私自身、模索していた。
この2011年は、自分が社長に就任した年でもあり、不確実性が高まる世界とどう向き合っていくべきかを考えてもいたので、余計に心ひかれた。
「宇宙から地球を眺めると、常識が常識でなくなる」と記された箇所でハッとしたのを覚えている。そして、地球誕生から40億年超とされる時間の中で「生命のつながり」に深く関わり、「自分の次の生命(いのち)としての子どもたちに対して、自分が貢献できた」ことへの喜びを語るくだりを見つけたときに「自分は何かの手によって生かされているだけなんだ」と確信した。
そんなときに手にしたのが『人体 失敗の進化史』だった。著者は獣医学博士の遠藤秀紀氏。「人間は環境変化に対応するために人体の『設計図』を描き換え続けている」と指摘する。設計図とは身体の特徴や遺伝子のことだ。設計図は過去の蓄積で、環境変化に失敗する度に今度はその轍(てつ)を踏まないように進化していく。自動車の世界でも自動運転の時代がもう間近だが、これも、繰り返し設計図を描き換えてきた賜(たまもの)だ。
変化の激しい経済社会では、変わろうとするがゆえに失敗することもある。だが、競争に打ち勝ち、持続的な成長をするためには避けられないことで、小さな失敗は必要だ。経営判断の解は1つではなく、成功するまで失敗から学んでいけばいい。人体の歴史から、経営の心構えを教えられた。
英語学者で評論家の渡部昇一氏の『英語の語源』と、数学者でエッセイストの藤原正彦氏の『祖国とは国語』は出色だ。通底するのは国家論だと思っている。両氏が本を出すと大抵、読んでいるが、日本人としてぶれない姿勢に大いに好感を持っている。さらに、自分が海外の取引先や従業員との接し方において、あらかた間違っていなかったと、勇気づけられた。前著は西洋文化の語源を知ることで生命や自然をどのように表現しているのかがわかり、自然科学の理解も深まる良書だ。
国内外の政治・経済環境は不透明感を増し、経営者は力量を問われている。そんな中でのマイナス金利政策は、資本主義社会では想定外の出来事だ。もはや資本主義も矛盾が表面化している。そんな時代でも経営者は成長を続けないと、投資家から厳しい視線を向けられる。先日、毛利さんとお会いする機会に恵まれ、宇宙観から今の世界をどう生きるべきと考えるかを聞いてみた。「新たな指標が必要かもしれませんね」とおっしゃった。それを資本主義の枠内で見つけられるかどうか。
最近は知人からマーケティング学者フィリップ・コトラー氏の近著『資本主義に希望はある』を紹介された。貪欲な資本主義と決別し、良質な資本主義への転換を推奨し、新たな指標や幸福論の創設を提言しているという。経営者にとって新たな企業価値の向上に参考になりそうなので、この夏休みに読んでみたいと思っている。