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「今は玉込めを、しているところでございます」と小池都知事

小池百合子都知事が呼びかけた「希望の塾」に4000人を超える応募があり、その初日の講座を前に多くの報道陣が知事にマイクを向けた。

「これは新党結成の布石ですか?」

インタビュアーは何十人もいたが、質問はほぼこれ。「うんざりだわ」なんて表情はおくびにも出さず、にっこり笑顔で返した言葉が印象的だった。

知事:「今は玉込め(たまごめ)を、しているところでございます(笑)」

一視聴者の私:「駒込なら巣鴨の先だが、タマゴメって何?」

現場にだって、ハトが豆鉄砲を食らったような記者の姿があったかもしれない。私は耳なじみのないこの言葉を、小学館『日本国語大辞典』で確かめてみた。

会見する小池都知事

会見する小池都知事

「玉込め(弾込め)とは、鉄砲に弾丸を込めること」とあった! そして例文がこれ。

「落語中興の祖、三遊亭円朝が塩原多助一代記を語った『片膝立て……鉄砲に玉込めいたし……』」

江戸時代から引用しないと説明できないほどに古めかしい日本語のようなのだ。「クールビズ」「都民ファースト」と横文字だけでなく、トラディショナルな日本語も自在にこなす、さすが元インテリキャスターだけのことはある。ボキャブラリーの豊富さも、彼女の売りの一つと見た。

「塾開講は、新党結成の第一歩か?」という記者の問いに、「鉄砲を撃つ(新党立ち上げに打って出る)ための、玉を込めている(準備している)ところだから詳しくは言えないわ」と、えん曲な表現で上手に交わす技を見せていたというわけだ。

「作戦」が功を奏したのか、それ以上の追及が行われることはなかった……。

細川元首相の「国民福祉税」の税率が「腰だめ」だった件

このとき私の脳裏に浮かんだのが、小池都知事がかつて仕えた細川護熙元総理大臣の「あの時のあの一言」だった。今から20年以上も前。1994年2月3日午前1時を回った深夜の記者会見。

「消費税(当時3%)を廃止して国民福祉税(7%)を創設します!」

総理の「やぶから棒の発表」に、会見場には怒声が飛んだ。

記者からは「なんだその数字!?」「7%の根拠を出せ!」の声。その時の細川総理の答えが、今も語り草になっている「腰だめの数字ではございますが……」だった。深夜でぼーっとテレビを見ていた(私を含む)中には、「肥だめ?」と首をかしげた人がいたかもしれない(いないかもしれないが……)。

その時すでに「辞書フェチ」だった私は、即座に書棚から辞書を取り出していた。新米記者の中にも、私みたいなトンチンカンがいたかもしれない。賢明な読者の皆さんには釈迦に説法かもしれないが、念のため、『三省堂国語辞典 第七版』の説明を記しておく。

(1)「銃を腰に当てて、およその見当で発射すること」
(2)「およその見当ですること(例:腰だめの数字でやる、等)」

早い話が「数字に根拠はありません」「程の良い数字ということで……」。こんなふうにぶっちゃけるのはまずいと、あえて古典的な日本語を戦略的に用い、えん曲化を図ったのかもしれない。または教養の高さをひけらかしたかったのもしれない、なんてことはないか……。

とはいえ、「なかなか粋な表現だ、さすがは細川さん」と感心したり、「腰だめの数字」の意味がよくわからないから追及をやめよう、なんて記者はいなかった。「こんな遅くまで待たせて、いいかげんなことを言うな!」と、記者も視聴者も激怒して大騒ぎ。「腰だめ」は、細川さんを政治の表舞台から引きずり下ろす決定的な言葉となってしまった(気がする)。

お気付きのように「古典的な語彙」「鉄砲になぞらえる表現」と、そこだけを取り上げれば、小池都知事の「今回の返し」と「あの時の細川さん」の語彙選択は似ていなくもない。しかし、小池都知事の「玉込め」は、記者たちを煙に巻く上で「技あり! 有効!!」で、吉と出た(ま、場面が全く違ったもんな……)。

小池都知事と「小さな池の大きな魚効果」

と、ここまでは前振り。小池人気は「小池という名前にあり!」がきょうの本論だ。え? いきなりうさんくさい? インチキ?――いえいえ、そういうわけでもないのだ。モチベーション心理学で注目される理論をご紹介しておこう。

「小さな池の大きな魚効果」をお聞きになったことがおありだろうか。そこで強調されているのが「大池の魚より小池の魚がずっといい」。詰めていえば「大池より、小池がいい」……?

筑波大学の外山美樹准教授著『行動を起こし、持続する力-モチベーションの心理学』(新曜社)で、わが国でも広く知られるようになったこの現象。「小さな池の大きな魚効果」は、デイビス(James A. Davis)という社会学者が論文の中で「Big-fish-little-pond」という格言を引用した研究に端を発しているとのこと。

ものすごくはしょって言えば、「大きな池の小さな魚であるより、小さな池の大きな魚の方がやる気も上がり、成果を出しやすい。大きな池で小さい存在であるより、小さな池(小池)で大きな存在になった方が、モチベーションも上がり成功する、というれっきとした心理学的学術理論なのだ。

詳細は外山先生の著作をきっちりお読みになるか、またはネットで検索すればオーストラリアの心理学者マーシュ氏(Herbert Marsh)のとてもわかりやすい論文が見つかるはずだ。ぜひ、ご覧いただきたい。

そこで明かされるのは、同じレベルの成績能力を持った学生でも、置かれた環境(池の大きさ)が異なれば、まるで違った未来(魚の大きさ)が待っているとのリアルなデータだ。ざっくりいえば「A 大きな池」より、「B 小さな池」を選べというのだ(と私は解釈した)。

A:「ライバルがひしめき合う名門校に進むと、周囲に圧倒され、へこまされ、やる気が萎え、存在感がどんどん小さくなる」=「大きな池の小さな魚」→不幸

B:「ライバルも少なく名門でもない学校で、周囲のプレッシャーでへこまされることがなければ、有能感が高揚、存在感がどんどん大きくなる」=「小さな池の大きな魚」→幸福

「相変わらず梶原の説明は遠回りで、わかりにくいなぁ……」とイライラしている読者に、ズバリ言ってしまおう。小池さんは、名前のおかげ、かどうかはしれないが、これまでの人生で、しばしばあえて「小さな池」の「B」を選択してきたことが幸いしたのではないかと。

「小さな池」を選択したのが小池都知事の成功の始まり?

(写真:PIXTA)

(写真:PIXTA)

ウィキペディアレベルの情報+梶原特有の偏見でストーリーを組み立てると、例えばこんなふうにも見えてくる。

大学選択が、東京大学や京都大学、ハーバード大学という「大きな池」ではなく、「カイロ大学文学部社会学科」という、世界的に見れば「大きな池」なのだろうが日本的なセコイ価値観からすれば「小さな池」を選択したのが成功の始まりだった(ような気がする)。「小さな池」で生き生きと青春を謳歌した若者は、「アラビア語を話せる」という「希少性」とともに注目を集め、テレビ出演の機会を得る。

その後「社会的な成功」を導き出したのは、テレビ局の中でも「大きな池」とは言えなかったかもしれない局の「経済専門番組」という、当時は比較的「小さな池」だった。「小さな池」を舞台に、さらに伸び伸びと存在感を広げていった。

やがて政治の道を志すも「大きな池」とはいえない「新党」を渡り歩き「有能感」に磨きをかけ、一時は「大きな池の大きな魚(自民党で大臣!)」になれたというのに、自ら「大きな池」を離れ、再び「小さな池」に戻ったら、本来の「有能感」が「マックスに高揚」し、「小さな池の大きな魚」としてこれまでの人生で最も充実した時を過ごしている、ように見える。

政治の世界は、一寸先は闇だそうだから、なんとも言えないが、少なくともここまでは、前述した筑波大学の外山美樹准教授や心理学者マーシュ博士の理論「小さな池の大きな魚」そのままに、ことが運んでいると、私は感じたが。え? やっぱり、私の話は、インチキくさい?

[2016年11月10日公開のBizCOLLEGEの記事を再構成]
梶原しげるの「しゃべりテク」」は木曜更新です。次回は11月24日の予定です。
梶原 しげる(かじわら・しげる)
1950年生まれ。早稲田大学卒業後、文化放送のアナウンサーになる。92年からフリーになり、司会業を中心に活躍中。東京成徳大学客員教授(心理学修士)。「日本語検定」審議委員を担当。
著書に『すべらない敬語』『そんな言い方ないだろう』『会話のきっかけ』 『ひっかかる日本語』(新潮新書)『敬語力の基本』『最初の30秒で相手の心をつかむ雑談術』(日本実業出版社)『毒舌の会話術』 (幻冬舎新書) 『プロのしゃべりのテクニック(DVDつき)』 (日経BPムック) 『あぁ、残念な話し方』(青春新書インテリジェンス) 『新米上司の言葉かけ』(技術評論社)ほか多数。最新刊に『まずは「ドジな話」をしなさい』(サンマーク出版)がある。

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