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「つながりやすい電話番号」を教えてください

先日のことだ。某テレビショッピングを見ていたら「寝ている間に肩こりがすっと消える」(考査の関係で、もう少し曖昧な表現だったと思うが)という枕を売っていた。しつこい肩こりに悩まされていた私は衝動的にテレビに表示されている番号に自宅の固定電話から電話した。

「ただいま混み合っています」という画面表示の割には即つながって、感じのいいオペレーターさんが出てきた。「お名前お願いします」から始まって、住所、続いて「電話番号」を問われたところでちょっと意外な言葉を聞かされた。

商品送付先はすでにオペレーターさんに伝えた自宅だし、実際話をしているのも「03」から始まる我が家の固定電話番号だから、「この番号です」と告げたら「別のつながりやすい番号でお願いできますか?」とおっしゃる。

(写真:PIXTA)

(写真:PIXTA)

「ひょっとして、携帯電話の番号でいいんですか?」

「はい! さようです!!」

今、世の中で「つながりやすい電話」と言えば、「固定」ではなく「ケータイ・スマホ」というわけだ。頭の中に「??」が浮かんだ私に、彼女はていねいに説明してくれた。

「ケータイなどつながりやすいお電話でございましたら、万一お留守の場合でもご迷惑をおかけすることなくご連絡さしあげ、指定のお時間にお届けするよう対応できますので……」

なるほど! 「固定電話はつながりにくい厄介な電話」とはそういう意味だったのか。

自宅の固定電話の地位は、かつては断然高いものだった。少なくとも10年ほど前までは……。通販で物を購入するだけでなく、銀行に口座を開くにも、クレジットカードに登録するにも、それなりのホテルに宿泊するにも、就職にエントリーするときにも、なんやかやと「ケータイではなく固定番号を」と迫られた記憶がある。独身ならいざ知らず、世帯を持ったら何は無くとも電話を引かなければならない――そんな時代が長く続いた。

固定電話の保有率は……

「小学校に通う子供の連絡網の名簿に、携帯番号では子供も肩身が狭いだろう」。我が子かわいさに、お父さんが昼食代を削り、残業を増やし、耐えて忍んで家に電話線を引いたという「美談」を聞かされたことがある。「名刺に『090』から始まる番号しか書いていない会社の人は信用するな」が常識としてまかり通っていた。

夕刊紙やスポーツ紙では「逆転送」とか「ケータイしか持っていない人でも『03』番号を使えます」とかいった「なんだろうなあ……」という広告もあった(いまでも?)。

今日では、通販はもとより、クレジットカードや銀行など金融機関に口座を持つ場合でさえ、「ケータイで大丈夫」が増えているらしい。固定電話番号を社会的なステータスや信用の証しとするこだわりから解放された、と考えれば、結構なことかもしれない。

実際、自宅に固定電話を持たない人は現在どれくらいの割合でいるのだろう?

そう思って、総務省により毎年発表される「通信利用動向調査」を見た。最新のデータによれば、固定電話の保有率は、全世帯保有率で76%とあった。「なーんだ、けっこう多いじゃないの……」。そんな気もするが、消費の活発な若い世代、例えば20代は11.2%、30代で48.6%と、半分以上の「若い世帯」が固定電話を持たない実態が際立っている。あなたの周りはいかがだろうか?

所帯をもった人でさえこれなのだから、身軽な独身者ならさらに固定電話所持率は低いことだろう。「固定」の大きなメリットの一つである「ファクス送受信ができる」も、ネット上をみれば「スマホだけでファクスできるシステムの広告」がいくらも掲載されている。便利な時代なのだ。

「自宅に固定電話を持たない世帯の割合」はますます増えていくだろう。費用や利便性だけ考えればいい時代だ。

固定電話全盛時代の「ある光景」を再現してみた

一方で「コミュニケーション能力」という点に限ると、ちょっと心配なことがある。どんな心配か? ここでケータイ・スマホがなかった、自宅の固定電話全盛時代の「ある光景」を再現してみる。

家の特定の場所(玄関脇など)で電話のベルが鳴った。妻は内職のミシンの仕上げで忙しい。食後、つまようじを使いながらテレビで巨人・阪神戦を見ていた夫が渋々立ち上がり、ベルが6回ほど鳴ったところで黒電話にたどり着き、受話器を持ち上げる。この瞬間から「電話応答という対人コミュニケーション」がスタートした、とイメージしてほしい。

父:「あー、もしもし、お待たせしました。山本です」

(電話応答技術その1:着信確認、着信者名乗り)

「応答技術1」を無事にこなしても、間違い電話で肩すかしという可能性もなくはない。「あの時代」に電話してくる相手は、手帳に書いてある番号を一つひとつ指で押すから、押し間違えることだってあった。その昔はダイヤルを回していたから、指が滑って間違い電話、なんてことが頻発、トレンディードラマの主題歌「恋におちて」――ダイヤル回して手を止めた~♪ なんて歌詞が懐かしい。

(電話技術その2:番号を間違いなく押す、または回す技)

今では、スマホの「登録済みの電話番号帳」から相手の名前にタッチするだけで「間違いなく相手に直接つながる」。バカでも(私でも)できる。

父:「どのようなご用でしょうか?」

(電話応答技術その3:用件の確認)

青年:「私、お嬢様のまなさまと同じ大学で同じテニス部に所属しております、鈴木と申します。平素からたいへんお世話になっております。お嬢様はいらっしゃいますか?」

(電話応答技術その4:手短な自己紹介、用件の切り出し)

「父親!」という「最も話したくない相手」に受話器を取られ、汗ダラダラの鈴木さんも大変だが、娘の貞操を脅かしかねない男を、電話の声を頼りに査定しなければと耳をそばだてる側も、父親としての務めを果たすため必死なのだ。

(写真:PIXTA)

(写真:PIXTA)

父:「我が家には娘が3人おりまして、まな、かな、りなの、誰にご用ですか?」

(電話応答技術その5:情報提供)

問い詰めるようでは印象が悪くなり、あとで娘に叱られるのも嫌だ。とはいえ、あまり軽いと将来「息子になるかもしれない相手」に、なめられてもいけないしと、父親も技を繰り出す。

青年:「失礼いたしました、ご長女の、まなさんをお願いいたします」

(電話応答技術その6:取り次ぎの依頼)

父:「少々お待ちいただけますか? 出かけているようだが、ちょっと妻に聞いてみます(いったん電話を離れる父)」

(電話応答技術その7:妻との情報交換)

青年:「(ドキドキ……これまでの応答に失礼はなかっただろうか……不安)」

(電話応答技術その8:不安克服力)

父:「お待たせしました。あと30分ほどで帰宅するようです。こちらからお電話差し上げるよう言っておきましょうか?」

(電話応答技術その9:提案力)

青年:「いえいえ、私の方から45分ほど後にお電話させていただきますが、いかがでしょうか?」

(電話応答技術その10:交渉術)

父:「ではそのように伝えておきます」

青年:「夜分にご面倒をおかけして申し訳ありませんでした」

(電話応答技術その11:敬語力)

父:「じゃ……」

(電話応答技術その12:切り上げる間合いを外さない対応力)

青年:「ありがとうございました!(見えないのに頭を深々と下げる)」

(電話応答技術その13:好印象形成力)

キリがないからこの辺にするが、固定(公衆電話を含む)だけの時代には、電話での会話に少なくとも10以上のスキルが求められた。逆に言えば、電話するたびコミュニケーションスキルがいやでも磨かれたといえる。

「お気楽な相手」だけとの会話に「電話応答技術」は不要

現在我が国には、未知の人との初対面が苦手という若者が多く存在する。

そりゃあそうだ。会話の量はケータイ・スマホやLINEで格段に増えたが、それらはおおむね「既知の人」と交わされる。未登録者や非通知など「未知の人」、登録されていても「いま話したくない気分の人」からの電話に対して、「鳴っても出ない」という選択肢を持ってしまった彼らは、「面倒臭い人」との会話を徹底的に避ける。

苦手ではない「お気楽な相手」だけとの会話に、「電話応答技術」は不要だ。この決まり文句ですべて対応できる。

「今どこ?」

固定電話時代にはまず聞かれなかったこの言葉。ケータイ・スマホは固定電話と違い、発信者、着信者の居場所特定が困難なのだ。「今どこ?」という問いを「発信地探索技術」とすれば、「ケータイ・スマホでは、応答技術がまるで育たない」は言いすぎな気もするが……。

なーんてことで、かつてはみんなごく自然に自宅の固定電話で学んだコミュニケーション能力を、固定電話激減の時代にどう育んでいくかは大きな課題かもしれないなあと――今回も余計なお世話で恐縮でした……。

【参考資料】
・総務省「通信利用動向調査」 ・「すべらない敬語」(新潮新書・梶原しげる) ・「デジタル社会の日本語作法」(岩波書店・井上史雄他)
[2016年11月2日公開のBizCOLLEGEの記事を再構成]
梶原しげるの「しゃべりテク」」は木曜更新です。
梶原 しげる(かじわら・しげる)
1950年生まれ。早稲田大学卒業後、文化放送のアナウンサーになる。92年からフリーになり、司会業を中心に活躍中。東京成徳大学客員教授(心理学修士)。「日本語検定」審議委員を担当。
著書に『すべらない敬語』『そんな言い方ないだろう』『会話のきっかけ』 『ひっかかる日本語』(新潮新書)『敬語力の基本』『最初の30秒で相手の心をつかむ雑談術』(日本実業出版社)『毒舌の会話術』 (幻冬舎新書) 『プロのしゃべりのテクニック(DVDつき)』 (日経BPムック) 『あぁ、残念な話し方』(青春新書インテリジェンス) 『新米上司の言葉かけ』(技術評論社)ほか多数。最新刊に『まずは「ドジな話」をしなさい』(サンマーク出版)がある。

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