「44歳まで現役」を支えた食生活とは? 元プロ野球選手・小宮山悟さん食の履歴書

メジャー移籍以降はいつ出番が来るかも分からない中継ぎに転向。食事の取り方も登板日から逆算するのではなく「たくさんの生野菜や果物などと一緒に炭水化物とたんぱく質を毎日バランス良く食べる」スタイルに変えた。

暮らす国が変わっても食べ物のえり好みをしない小宮山だが、唯一例外も。米国時代、中南米系のチームメートが好んだメキシコ料理。「オレンジに近い色をした何とも言えない香りのチキン」などは「食べずに済むなら絶対に食べない」と、苦笑して振り返る。

日本に戻った03年は獲得球団がなく、高校卒業後以来の浪人生活が待っていた。38歳になった小宮山を呼び戻したのが、04年から再びロッテの指揮をとったバレンタイン。恩師の「力を貸してほしい」という言葉を意気に感じ、敗戦処理もいとわずに昨年ユニホームを脱ぐまで投げ続けた。

日本でも、米国でも、資本となる自分の体を起点に管理してきた食生活。それが引退後は「家族主導」の場面も。解説や講演で各地を飛び回る毎日だが、休みのとれた時は妻と、高校2年の長女を筆頭に3人いる子どもたちと食事に出掛けることが多い。「僕は一歩下がってついて行く。たまには家で食べたいんですけどね」

=文中敬称略

(佐野彰洋)

【最後の晩餐】太平洋クラブ御殿場コース(静岡県御殿場市)の朝食メニューにあるフレンチトーストかな。ブルーベリーソースとメープルシロップをたっぷりかけて、熱いコーヒーと一緒にふわふわの食感を味わいたい。

●私食店●

懐に優しく おなかも満足

「びっくりするような値段の肉を食べたこともあるけど、一番うまいのはここ」と小宮山さんが太鼓判を押すのが、東京都新宿区の焼き肉店「大昌苑」(電話03・3202・2120)。東京五輪のあった1964年開業の老舗だ。

当時、西早稲田にあった野球部の寮に近く、小宮山さんにとっては学生時代の思い出が詰まった空間。年に数回、野球部の同級生と連れだって訪れる。

4種類の肉やキムチなどが入った「おすすめセット」(注文は3人前以上)が1250円など。家族経営で価格を抑えながらも、一皿一皿のボリュームは十分。「飲んで食べても3千円程度」(2代目の金英浩さん)で収まるのがうれしい。野球部を含め、運動部の練習場は郊外に移転、部員の来店こそ減ったが、心意気は今も変わらない。

[日経プラスワン2010年5月29日付]

注目記事
今こそ始める学び特集