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本があふれる家で育ち詩を好きになった。

父が出版社の編集者だったので、小さな戸建ての我が家は壁がすべて本棚でした。本だらけで家が沈み、ジャッキで家を持ち上げたことがあったほどです。

森鴎外や永井荷風、泉鏡花の全集から、横溝正史の推理小説など、いろんな本があって図書館みたいなんです。しかも、父は大学では仏文を出たので、フランス語の原書もたくさんありました。

まつもと・おおき 1963年生まれ。87年に東大法卒。外資系の証券会社で働いた後、99年にソニーから出資を得てマネックス証券を創業した。

まつもと・おおき 1963年生まれ。87年に東大法卒。外資系の証券会社で働いた後、99年にソニーから出資を得てマネックス証券を創業した。

ただ、僕はあまり本が好きではなかった。暇なときに、興味を持った本を引っぱり出しては、つまみ食いしていた感じです。漢詩の本もめくったりしていたので、小学校4、5年のころには、北宋の蘇軾(そしょく)の「春宵一刻値千金」で有名な七言絶句を暗唱していましたね。

詩は好きだったんです。短くてすぐ読めるのが自分にあっています。詩からビジュアル(映像)が思い浮かび、自分なりに何か感じるものがあります。

詩人では萩原朔太郎が一番好きです。学校の教材で初めて知り、高校時代には『月に吠える』をはじめ朔太郎の作品はすべて読みました。朔太郎は分かりにくいと一般にいわれますが、僕は読んだ瞬間に頭にビジュアルがわいてきて好きです。

朔太郎のような天才は別にして、一冊の詩集のうち、いい詩はほんの数編しかありません。詩はいろんな詩人の作品を集めたアンソロジーで読んだ方がお得です。

その点、『昭和詩鈔』は朔太郎がいい作品を選び編んだ本でとてもいい。父が教えてくれた本です。奥付をみると僕が中2だった1977年に出た新装版ですが、手に取ったのはもう少し後だった気がします。

収録作のひとつ丸山薫の「水の精神」は好きです。最初を少し読みます。「水は澄んでいても 精神(こころ)ははげしく思い惑っている/思い惑って揺れている/水は気配を殺していたい それだのにときどき声をたてる」。いいですよね。

 言葉について思いをめぐらせる本もある。

寺山修司の名言を集めた『両手いっぱいの言葉』は、もとは僕が大学1年のときに出た本で、書店の詩集コーナーで目に入り買いました。

今もたまに、関心がある言葉をパラパラと拾い読みします。友情、肉体、性、魂、賭博といったキーワードごとに整理され、折々に気になる言葉を探しやすいのです。

例えば、「夢」のページを開くと「夢の中は治外法権である」とか書いてある。こんな言い方もあるのかと、気づいて楽しい。寺山修司は言葉の職人というかプロフェッショナルなのでおもしろい。

人間は言葉によって考えるから、表現の仕方によって概念というものは変わる。寺山流のいろいろな言い方があるのに対して、僕なりの言い方があり、自分の中で言葉の意味合いとか色合いが深くなる。多くの表現を知るほど考え方や感じ方の幅が広がります。

 山田風太郎や坂口安吾の小説にも引かれる。

風太郎は読み物として傑作、これぞエンターテインメントです。作品に出合ったのは社会人になってから。風太郎は医学部を出ているので、そんなばかなという話であっても、凡人が考えられないような、ひねりがきいている。

『エドの舞踏会』も、明治の元勲である伊藤博文らの妻たちの意外な素顔を描く虚実ない交ぜの読み物です。風太郎は、こうした明治を舞台にした小説や忍法帖シリーズが有名ですが、僕はどちらの分野にも入らない短編が特に好きです。徳川綱吉や柳沢吉保が登場する短編「元禄おさめの方」などはおもしろい。

最初に安吾に触れたのは中学か高校時代です。学校の授業で随筆「日本文化私観」を読まされて、飾りのない文章が性に合った。

安吾は小説も書いているというので、「風と光と二十の私と」など自伝的な短編を収めた本を試しに手にとりました。「いずこへ」を最初に読んでフィーリングが合った。

安吾が書く話は身も蓋もない。自分に正直で、ごまかして良くみせようとはしない。安吾の苦しみがそのまま書かれている感じがした。思春期には自意識と現実のギャップに悩むもので、そういう感情と何か通じるものがあった。たまに読み返すと自分の原点を思い出します。

(聞き手は三反園哲治)
【私の読書遍歴】
《座右の書》
『両手いっぱいの言葉』(寺山修司著、新潮文庫)。寺山の多様な作品から、52のキーワードにそって413の名言を収録した。
《その他愛読書など》
(1)『エドの舞踏会』(山田風太郎著、ちくま文庫)
(2)『風と光と二十の私と・いずこへ 他十六篇』(坂口安吾著、岩波文庫)。
収録作の中で一番のお気に入りは「私は海をだきしめていたい」。
(3)『昭和詩鈔』(萩原朔太郎編、冨山房百科文庫)。
中原中也や中野重治、草野心平、宮沢賢治ら48人の詩人の180編を収める。最初の出版は1940年。収録された詩人の中では、伊東静雄や立原道造も好きだ。
(4)『饗宴』(プラトン著、久保勉訳、岩波文庫)。
映画「ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ」に出てくる歌が、同書に登場する古代ギリシャの喜劇詩人アリストファネスの話をモチーフにしている。映画をみて関心を持ったので読んだ。キリスト教が生まれる前の人間の愛(エロス)に関する考え方が分かり興味深い。
[日本経済新聞朝刊2016年4月6日付]
「リーダーの本棚」は原則隔週土曜日に掲載します。

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