変わりたい組織と、成長したいビジネスパーソンをガイドする

会員登録をすると、編集者が厳選した記事やセミナー案内などをメルマガでお届けしますNIKKEIリスキリング会員登録最新情報をチェック

放送作家出身の民間校長が見た「足元」

「人間は、見たいものしか目に入らないんです」

そうしみじみ語るのは、テレビのベテラン放送作家。現在は大阪府の某公立高校で「民間校長」として3年目を迎える、わぐりたかしさんだ。

あげればきりがないが、わぐりさんが30年間で担当してきたヒット番組の中には「課外授業・ようこそ先輩」(NHKテレビ)、「たけしの日本教育白書」(フジテレビ)もあるから、教育現場への転身と聞いたときも「えー? テレビ作家が校長先生?」とビックリ仰天するほどの違和感は覚えなかった。

学校がお休みの「海の日」を狙って、「わぐり校長」と久々に話をする機会があった。冒頭の一言はそのとき強く印象に残ったものをこっそりメモしたものだ。

梶原:「わぐりさんの取材はしつこく念入りだと評判ですが、見逃すこともあるんですか?」
わぐり:「もちろんです。大阪だって、教育現場を含め、何度も来ています。それにもかかわらず、一番大事な『足元』が見えていなかったのは不覚でした……」

わぐりさんがここで言う「足元」とは、大事な基本のたとえではなく、具体的に生徒たちの「足元そのものの様子」を意味している。2年前、校長就任が決まって大阪に赴き、府立高校を何カ所か研修で回った時、生徒たちの実際の「足元」を見て、「えー??」とびっくりしたというのだ。

「上履きが、便所のサンダルだ!」

PIXTA

PIXTA

拙文を関西地方の方がお読みであれば、「だから?」とわぐりさんや私の驚きに「驚く方が驚きだ!」とおっしゃる可能性がある。少なくとも東京を含む関東地方で「上履き」といえば、学校指定の布製の運動靴。靴ひも部分がゴムバンドになった、男は靴底に近い部分が白や青の、女性は赤やオレンジで色分けされた"例のアレ"だ。ネットで一応確認したが、今も昔とさほど変わっていないように見える。

この「我々が履いていた上履き」が、全国のスタンダードだと信じて疑わなかった自分はなんと不遜であったかと、わぐりさんの話で反省させられた。

子供たちの命を守る! 2016年は「大阪上履き革命の年」

大阪で「上履き」といえば、その大半は民宿のトイレに置いてあるような、ビニール製のスリッパの底がわずかに高くなったサンダルタイプが主流であるという事実に、わぐりさんも「衝撃を受けた」と言う。

ネットで「大阪上履き」で検索して、「えー、本当だ!」と私と同じ驚きを共有してくれる読者もいることだろう。

わぐり:「大阪には取材で何度も来ました。抜かりなく見て回った気がしていましたが、結局、人間は見たいものしか見えてこないのかなあ……。いや、自分が抜かりまくりだったのかなあと反省しました」
梶原:「私も何度か大阪の学校にお邪魔する機会がありましたが、気がつきませんでした……」
わぐり:「反省するだけでなく、私は心配になったんです。この上履きを放置しておいて、子供たちの命を守れるのだろうか!?」
梶原:「また大げさなんだから……」
わぐり:「死者30万人との想定さえ出ている南海トラフ大地震が万一発生したら、ガレキやガラスが散乱。水も攻めてくるとなれば足元はグチャグチャで何を踏むかわからない。そんな非常時に、脱げやすいスリッパは危険です。何かのはずみでうっかり脱げたら身動きが取れない。これは子供たちの命にかかわる問題です。学力が、教育が、のその前に、自分が大阪に来た使命は、この上履きスリッパを変えることだ! そう直感しました」
梶原:「言われてみれば、確かにねえ!」

私はすぐに共感したが、現場の先生方の反応は、あまり芳しいものではなかったらしい。

某先生:「え? 私たち(関西人)は、どこもだいたいこれですし、私の子供のころもこのスリッパで、何の問題もありませんでした。東京では不良じみた子たちが運動靴のかかとを踏みつぶして履いて、いきがったりすると聞きましたよ。それにスリッパだと子供たちが走り回ったり逃げ出したりできないから、我々教師側からすれば管理上も優れている。前例にないことを勝手な思いつき導入するような、そういう教育現場を混乱させる発想は控えてください」

なーんて、すったもんだがありながら、わぐり校長の「使命」は丸2年たった、任期3年目の今年ようやく実現の運びとなったという。2016年は「大阪上履き革命の年」として刻まれることになる、かもしれない。

「校長失格!」職員会議でいきなりのダメ出し

ついこの間あった参院選も東京都知事選も、候補者の多くが「日本を変える・東京を変える」と口々に叫んでいたが、それはすなわち「変えることは極めて難しいものだ」という現実の裏返しであることを、わぐりさんの話から感じた。「実際に変えるのはしんどいもの」だから。

わぐり:「ところで梶原さん、2年前の4月1日、赴任先の府立高校に夢と希望を抱いて登校した私が、その日の職員会議でいきなり投げかけられた言葉がなんだと思います?」
梶原:「よろしくお願いします?」
わぐり:「残念。答えは『そんなことも学校で習ってこなかったのか!?』『勉強し直してこい』『校長失格!』『そんなんじゃ社会で通用しないぞ!!』」

まあ、散々な言われようだったらしい。

梶原:「なにやらかしちゃったんですか?」
わぐり:「会議である先生から、なかなかいい話が出たから、それいいですねえって即座に反応し、どうやらその態度がまずかったらしいんです」
梶原:「いいですねって、共感の相づちがダメ??」
わぐり:「番組の企画会議や一般企業の会議でも、いいアイデアが語られたら、それいいですねとか、それは違うんじゃないですかとか、自由なやりとりがあって、話が深まっていくじゃないですか」
梶原:「会議は互いの知恵を出し合いもみ合う中から化学反応が生まれる。そこから思いもよらぬ素晴らしいアイデアが浮かび上がる。会議こそ、創造の場だって言われますものね」

わぐり:「ところが学校にはちょっと別な作法があるんです。校長とは別に『議長』という役割の人がいて『ご発言の方は?』と厳かに告げる。発言者は『はい!』と手をあげる。指名されたら『失礼します!』と言って立ち上がり意見を述べる。話し終わると『失礼しました』と言って座る。議長が『ただいまの発表にご意見のある方はいますか?』と全員を見渡す。発言者は挙手をして指名される……。」
梶原:「…………」
わぐり:「この"厳格なルール"をわきまえなかった私は、先生たちからすれば『そんなんじゃ社会で通用しないぞ!』『校長失格!』と厳しくたしなめるべき『ダメダメな存在』だった、というわけです」
梶原:「ややこしいですねえ……」
わぐり:「時間がたつうちに、先生たちに悪気はないことは理解できました。学校現場で先生たちがしばしばおっしゃるのがこの言葉。『前例を踏襲しつつ、ゆっくり、じっくり、ていねいに。長い時間をかけて10年、20年先の将来を見据えた教育』なんです。私は、既存の概念にとらわれず、今できる、今変えられるより良いアイデアを自分の頭で考える。常に『より良いものはなんだろう』という思考の積み重ねを進める作業が、結果としてより良い未来につながると考えています。結局子供たちの未来を考えるという点では先生たちと同じなんですが……」

梶原:「丸2年で、相当もまれましたねえ?」
わぐり:「確かに……放送作家時代に、今度の特番も去年と同じ内容でやりましょうと、前例踏襲主義を会議で口にした途端にクビという世界にいましたから。考えながらいいものが見つかれば即座に口にする会議スタイル。誰かがいいアイデアを出せば『それ、いいですね』と、それにプラスワンの提案をしていく姿勢。このスタイルが『軽薄・ルール違反・許しがたい!』と思われたのも、仕方ないかなあ……」

見方を変えれば新発見だらけのワクワクする世界

聞けば聞くほど、しんどそうな教育現場。そんな環境に耐えられず「民間校長の座」を数カ月で放棄した人の話も伝えられるが、わぐりさんは、上手に折り合いをつけながら「40年以上の歴史ある上履き」を変え、「60年以上、何のためにあるのか誰も疑問に思わず、実際には誰も使っていないミニミニサイズの生徒手帳」を廃止し、生徒が自分でスケジュール管理するのに便利なB6サイズの"新手帳"の導入を成功させた。

PIXTA

PIXTA

「前科者を神聖な学校に入れるな!」という猛反対を巧みにかわし、「ホリエモン特別授業」も大成功に導いた。

気がつけば現在、生徒たちの履修科目には「国語・算数・理科・社会」に並んで「変」という科目が加えられたらしい。

当初は、前例踏襲主義を尊ぶ先生たちの反対もあったことだろう。「変」には「変なおじさん」「変人」「変わり者」というネガティブなイメージがあって授業にふさわしくない、という一部先生の反論はもっともな気もする。

ここでもわぐりさんは粘り強く先生たちを説いて回った。

「私の意図する『変』は大変革の時代の『変化』に、生徒たち自身が『変化』を遂げるための授業なんです」

梶原:「よく辛抱強く3年目を迎えることができましたねえ」
わぐり:「これまで体験しなかった違和感だらけの世界は、見方を変えれば新発見だらけのワクワクする世界。面白いんですよねえ」

そういえば、わぐりさんに最初に会った時の肩書は、放送作家と別に「人生オモシロガリスト」と書いてあったのを思い出した。

「人間は見たいものしか目に入らない」に気がついて「見たくないものも面白がる」姿勢を貫いたら、「上履き」や「生徒手帳」に革命的な変化を起こし、「変」という科目も生み出した。

「面白がる=好奇心」には思った以上のパワーがありそうだ。

[2016年8月4日公開のBizCOLLEGEの記事を再構成]

梶原しげるの「しゃべりテク」」は木曜更新です。8月18日は休載、次回は25日の予定です。
梶原 しげる(かじわら・しげる)
1950年生まれ。早稲田大学卒業後、文化放送のアナウンサーになる。92年からフリーになり、司会業を中心に活躍中。東京成徳大学客員教授(心理学修士)。「日本語検定」審議委員を担当。
著書に『すべらない敬語』『そんな言い方ないだろう』『会話のきっかけ』 『ひっかかる日本語』(新潮新書)『敬語力の基本』『最初の30秒で相手の心をつかむ雑談術』(日本実業出版社)『毒舌の会話術』 (幻冬舎新書) 『プロのしゃべりのテクニック(DVDつき)』 (日経BPムック) 『あぁ、残念な話し方』(青春新書インテリジェンス) 『新米上司の言葉かけ』(技術評論社)ほか多数。最新刊に『まずは「ドジな話」をしなさい』(サンマーク出版)がある。

新着記事

Follow Us
日経転職版日経ビジネススクールOFFICE PASSexcedo日経TEST

会員登録をすると、編集者が厳選した記事やセミナー案内などをメルマガでお届けしますNIKKEIリスキリング会員登録最新情報をチェック