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18年ぶりの大改訂、『NHK日本語発音アクセント新辞典』

待望の『NHK日本語発音アクセント新辞典』(NHK放送文化研究所編)が発売になってから約2カ月。新しい言葉が4400語追加され、3300語のアクセントに変更が加えられ、総計7万5005語が収録されている。

綿密な調査研究に基づき、慎重に選択されたアクセント。新しい表記も解説も画期的で、極めて優れた辞書から"時代の息吹"がビンビン伝わってきて、「これが今の日本語だ!」という感動がこみ上げてくる。

18年前には採択されなかったアクセントが、時機を得てさっそうとデビューを果たしたり、採択はされていたが優先順位が低かったものが第一優先に格上げされたり。仕事も政治も世の中も「世代交代」が強く求められているが、アクセントにだって時代の変化とともに、「新旧入れ替わり」があって当然なのだろう。

(写真:PIXTA)

(写真:PIXTA)

ところが、私のような中高年世代は往々にして変化に弱いところがある。変化への理由なき反発を、「オヤジ度が高まった」と揶揄(やゆ)されることがある。

飲み屋で若い連中に、「梶原さんのアクセント古い!」とからかわれる程度ならご愛嬌(あいきょう)だが、仕事で「違いますよ」と指摘されたら営業に差し障る。なんて、殊勝な気持ちで新辞典を読み込んでいったら、案の定「私のオヤジ度」は思った以上に高かった……ひどかった、とも言える……。

「平板化」が進むアクセント

「梶原ほどではないにせよ、ひょっとして自分も『アクセントのオヤジ化現象』が進んでいるかもしれない……」などとお思いの方のため、変化したアクセントをいくつかご紹介していこう。

アクセントの変化を知ることで、世の中の、特に若い世代の意識や生活様式の変化まで見えてくることだってあるかもしれない(ないかもしれないが……)。少なくともテレビでニュースを伝えるアナウンサーたちに、「ツッコミを入れる楽しみ」を増やしてくれそうだ。

まずは「平板化」。外来語の平板化については今さらすぎるから控えるが、今回の改訂では69語が「平板型」として追加されている。

例えば、「ナレーター」「ユーザー」「キャラクター」「スピーカー」「グラス」など。「本来なら……伝統的には……正しくは」との枕詞(まくらことば)とともに「ナ《レー》ター」と中高(真ん中部分を高く発音。※本文中、高く発音する文字を《 》でくくりました)にせよ!、「《ユー》ザー」と頭高(言葉の冒頭部分を高く発音)にして「英語の原音に近いアクセントとすべきだ」という声も、今ではあまり聞かなくなった気もする。

私も「いいんじゃね?」と、平板に淡々と感想を述べることが増えてきた。「オヤジ化」というより、高齢化による「無気力化」のせいかもしれない。

ところが「漢語」の平板化、例えば「国際法」が改訂前には「コ《クサ》イホー」と「中高」アクセントがごく普通に存在していたものが今回は削除! 「コクサイホー」と平板に一本化された事態には少々戸惑った。司法書士の友人に聞いたら「ずっと前から平板じゃないですか?」と言われてしまったが。

「国際法」など日常生活であまり使わないから「別にいいや」とも思ったが、生活に密着して頻繁に使う言葉たちが、頻繁に使われるからこそかもしれないが「平板化」に向かっている、らしい。

例えば「化粧水」は「ケ《ショ》ウスイ」、「試写会」は「シ《シャ》カイ」、「茶話会」は「サ《ワ》カイ」という"伝統的な"中高だけでなく、「ケショウスイ」「シシャカイ」「サワカイ」と、起伏をつけない平板型が、第2選択ながら採用されている。

かつて「シシャカイ」と平板で発音する後輩アナウンサーに、「君、出身どこだっけ?」と嫌みな言い方をした、かもしれない私。今そんなことを言うと「参ったなあ、このオヤジ」とあきれられる可能性もありそうだ。

「謝恩会」「芋煮会」「世界史」「断熱材」「しめさば」「練り物」「ゆで麺」など、ごくごく身近な言葉の"平板型"が辞典に加わり、ニュースではたびたび登場する「護衛艦」も「ゴ《エ》イカン」と中高だけが「正解」というわけでもなく、「ゴエイカン」という平板アクセントも採用された。

平板に「2次会に行きましょう」で誘われたら行かない!

新辞典発売前に行われた、辞書編者であるNHK放送文化研究所が行ったイベントは大変愉快なものだった。

言葉のおじさん、元NHKアナウンサーの梅津正樹さんが、新辞典編さん側を代表して同席した、当コラムでおなじみ塩田雄大主任研究員に、「散々後輩たちに<護衛艦を、「ゴエイカン」と平板アクセントで言うのは誤りだ! 中高アクセント、ゴ《エ》イカンと発音しなさい>と指導してきた私の立場はどうなる!?」とユーモアたっぷりに"異議"を唱え、会場を笑いの渦に巻き込んでいた。

(写真:PIXTA)

(写真:PIXTA)

ちなみに「2次会」の第一アクセントは「ニジカイ」と平板型が採用され、中高アクセントの「ニ《ジ》カイ」は今回から第2選択と"格"を落とした。

梅津さん「この後、ニ《ジ》カイに行きましょうと中高アクセントで2次会に誘われたら喜んで行きますが、ニジカイに行きましょうと平板アクセントだったら絶対いかない!」

梅津さん「先輩の松平定知アナウンサーへの電話を取り次ぐことがありました。<マ《ツダ》イラさん、いますか?>と松平先輩の名前を中高アクセントで言う人にはこう返したものです。<おそれいりますが、私どものアナウンスルームにマ《ツダ》イラというものはおりません。《マ》ツダイラなら1人おりますが」

由緒正しき名門「松平家」の正式アクセントは頭高の「《マ》ツダイラ」というわけだ。梅津さんらしいこのジョークが私は大好きだ。

こういう「アクセントへの細心の気遣い」を怠らないおじさまからすれば、「最近の若い人たちの無頓着」が引っかかる気持ちはよくわかる。とはいえ、言葉は生き物で常に変化していることもまた事実。今回の「大改訂」はそれをきっちり反映している。

近年若者人気が高まっている落語でおなじみの「高座」は、改訂前までは「《コ》ーザ」と頭高アクセントだったが、今回「コーザ」という平板が第2選択で登場している。

「平板化現象」を語るときりがない、と思ったが……。

「反・平板化」の動きもある!

「全てが平板化に向かっているか?」と思ったら、実はそうでもない?? 一方で「反・平板化の動き」も出てきているらしい。

「遠近」「採択」「賃貸」「じん帯」「廃炉」など「平板型」だったものに「《エ》ンキン」「《サ》イタク」「《チ》ンタイ」「《ジ》ンタイ」「《ハ》イロ」という「頭高アクセント」が新たに追加されている(詳しくは新辞典をご参照ください)。

「18年ぶりの改訂で誕生『NHK日本語発音アクセント新辞典』」(太田眞希恵・東美奈子 「放送研究と調査」2016年7月号)によれば、「形容詞は中高型(例:高い=タ《カ》イ)が多く(多いも中高・オ《オ》イ)、少数派の平板型形容詞も、中高化が進み、統一に向かっている」そうだ。

「浅い」も、これまでの「アサイ」という平板に加え中高の「ア《サ》イ」が、「甘い」も「アマイ」の平板に中高の「ア《マ》イ」、平板だった「眠い」にも「ネ《ム》イ」の中高アクセントが新辞典では加わった。同様に「つらい」のアクセントは「ツライ」の平板だけだったものに、「ツ《ラ》イ」の中高が第2選択として浮上した。

さらに、これまた改訂前はもっぱら平板型と記されてきた「悲しい」も、「カ《ナシ》イ」と中高アクセントが台頭し、「優しい」に「ヤ《サシ》イ」の中高が認知されるといった様相で、「若い奴らはなんでも平板化に発音しておかしいくないか?」という「オヤジ連中」の嘆きとは裏腹に、「中高化」が進んでいる様子も見えてくる。

私には学問的に説明する知識はないが、「甘さや、眠さや、つらさや、優しさの感情」は平板で「すらっ」と告げるより「中高」で「粘った言い方の方」がより強く気持ちが伝わる気もする。言われた側は「うざい(ウ《ザ》イ)」感じがしなくもないが……。

お断りしておくが、本辞典の醍醐味は、私が記した他にある。

そもそもアクセント表示の「記号」が今回のもの(※編集部側で《 》でくくらせていただきました)とは全く異なる、1つの発明だ。読者の方は本物を見たら心洗われることになる。しかもわかりやすい。

新辞典そのものをぜひお手にとって日本語の楽しさを味わっていただきたい。

[2016年7月28日公開のBizCOLLEGEの記事を再構成]

梶原しげるの「しゃべりテク」」は木曜更新です。次回は8月11日の予定です。
梶原 しげる(かじわら・しげる)
1950年生まれ。早稲田大学卒業後、文化放送のアナウンサーになる。92年からフリーになり、司会業を中心に活躍中。東京成徳大学客員教授(心理学修士)。「日本語検定」審議委員を担当。
著書に『すべらない敬語』『そんな言い方ないだろう』『会話のきっかけ』 『ひっかかる日本語』(新潮新書)『敬語力の基本』『最初の30秒で相手の心をつかむ雑談術』(日本実業出版社)『毒舌の会話術』 (幻冬舎新書) 『プロのしゃべりのテクニック(DVDつき)』 (日経BPムック) 『あぁ、残念な話し方』(青春新書インテリジェンス) 『新米上司の言葉かけ』(技術評論社)ほか多数。最新刊に『まずは「ドジな話」をしなさい』(サンマーク出版)がある。

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