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ケインズの『雇用・利子および貨幣の一般理論』で思想の影響力の大きさを知った。
さくらだ・けんご 1956年生まれ。78年早大商卒、安田火災海上保険(現損害保険ジャパン日本興亜)入社。損保ジャパン社長を経て2015年7月から現職。

さくらだ・けんご 1956年生まれ。78年早大商卒、安田火災海上保険(現損害保険ジャパン日本興亜)入社。損保ジャパン社長を経て2015年7月から現職。

大学のゼミで英語の原書で読みました。2年間かけてやっとの思いで読みました。ありがたかったのは先生が「天才が書いた本を1年や2年で分かるわけがない」と言って、塩野谷祐一氏の訳本を使ってもいいと勧めてくれたことです。ところがこっちを読んでも難しい。なにしろ世界で最も難解な書物の一つですから。それでも海外に行くときはこの本を持っていったりするので、もう4、5回は読んでいます。

ずっと頭に残っているのは「第24章はしっかり読みなさい」という先生の言葉です。そこにはどんな実際家も過去の思想から逃れられず、しかも25歳や30歳以上になって新しい理論の影響を受けることは少ないということが書いてあります。危険なのは権力ではなくて思想です。だから30歳くらいまでにしっかりした教育を受けて人間性を形成し、脳を鍛えることが必要なんです。

このことは、30代半ばから40代半ばの社員にもよく言います。「もう手遅れ」と聞こえるかもしれませんが、そういう意味ではありません。仕事のやり方や仕事への価値観を見つめ直すためのきっかけになるんです。彼らに「高校時代どんな人間だったか思い出してほしい」と尋ねます。おそらく本質的な部分は変わっていません。「自分のやりたいこと」「向いていること」をもう一度考えてみることが大切です。

 経営者として企業の価値や利益の意味を考えているときに『貧乏入門』に出合った。

社長になってから、これまで以上に「お金」について考えるようになりました。企業家は顧客に価値を提供し続けることに存在意義があり、そのために利益を出す必要があると思っています。投資家は「企業の目的は利益を生むこと」というスタンスで、保険事業の価値を語ることは100%ありません。同床異夢であり、発想が逆なんです。

そこで「利益とは何か」を考えているとき、若い住職が書いた『貧乏入門』を読むと「豊かな貧乏というものがある」といったことが書いてあったんです。確かにそうだと思いました。楽器が好きでサクソフォンやギターをやりますが、いつの間にか楽器集めになっているんです。しかも全然うまくならない。

考えさせられる本です。ただし「足るを知る」という美しい話ですめばいいのですが、経営はアニマルスピリットなしには考えられません。ケインズが『一般理論』で指摘していることです。仏道の教えとアニマルスピリットをどう結びつければいいのかをずっと考えていますが、簡単に答えは出せません。

『資本主義の終焉と歴史の危機』は水野和夫さんの集大成と言っていいでしょう。資本主義が成長するには誰かを踏み台にせざるをえず、いまや先進国は国外で踏み台にするものがなくなり、国内で格差が広がっている。そこまで激しい書き方はしていませんが、そういう意味でしょう。そして資本主義はいずれ終わることを認識すべきだというのです。ではどうしたらいいのか。

 日本語で「教養」を意味する「リベラル・アーツ」が不確実な時代を生きる手がかりになる。

現代は変化が激しく、不確実かつ複雑で、曖昧な時代です。会社の進むべき方向を示すのが私の課題ですが、こういう時代に大切なのは哲学や歴史や文学、つまり教養だと思います。そう思うようになって再発見したのが『五輪書』です。

初めに読んだのは入社間もないころです。「我事において後悔をせず」とありますが、「1度決めたら腹を固めてことに臨む」という意味だと思ってきました。ところが最近読み直して違うと気づきました。宮本武蔵は人を斬るために役に立たないことは一切しなかった人です。するとこの文章の意味は、「後悔したときは死んだとき」と思うようになったのです。「後悔することはできない」と言いかえてもいいかもしれません。そういうことを毎日自分に言い聞かせて生きていたんでしょう。強烈なリアリズムです。

お金に縛られてはいけないのか。資本主義は終わってしまうのか。問いに答えはありません。でも企業は価値を提供し、お金もうけもしないといけないんです。それが経営者にとってのリアリズムです。

(聞き手は編集委員 吉田忠則)
【私の読書遍歴】
《座右の書》
『雇用・利子および貨幣の一般理論』(J・M・ケインズ著、塩野谷祐一訳、東洋経済新報社)
《その他愛読書など》
(1)『貧乏入門』(小池龍之介著、ディスカヴァー・トゥエンティワン)
(2)『資本主義の終焉と歴史の危機』(水野和夫著、集英社新書)
(3)『五輪書』(宮本武蔵著、鎌田茂雄全訳注、講談社学術文庫)
(4)『鬼平犯科帳』(さいとう・たかを著、池波正太郎原作、リイド社)
主人公は絶対に負けず、悪は捕まるので読んでいて疲れない。鬼平ほど強くなくていいが、キャラクターとしては自分もこうありたい。
(5)『サイクリング・ブルース』(忌野清志郎著、小学館)
高校時代に彼の曲を聴いてショックを受けた。大好きなミュージシャン。成功しても繊細さやまじめさ、偽善を嫌う心は変わらなかった。
(6)『破天荒な経営者たち』(ウィリアム・N・ソーンダイク・ジュニア著、井田京子訳、パンローリング)
原書を読んだ。優れた経営者は時代の変化に勘で気づき、後に合理的と認められることをする。
[日本経済新聞朝刊2015年11月15日付]

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