倫理的な行動 自分本位の判断が妨げにマックス・ベイザーマンら著「倫理の死角」(3)

コーン・フェリー・ヘイグループ 高野研一氏

コーン・フェリー・ヘイグループ 高野研一氏

本書の立場に立てば、人は悪意を持つから倫理に反する行動を取るのではありません。問題をすり替えるのです。

コーン・フェリー・ヘイグループ 高野研一氏

1986年1月、米ケネディ宇宙センターから打ち上げられたスペースシャトル「チャレンジャー号」は爆発事故を起こし、7人の宇宙飛行士が命を失いました。その前日、爆発の原因となったOリングの製造会社の技術者たちは、米航空宇宙局(NASA)のマネジャーらに超低温下での打ち上げを見送るべきだと主張したといいます。

しかし、NASAの面々は「安全でないことを立証できない限り、打ち上げは実行する」という本末転倒な決断を下しました。

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彼らは宇宙飛行士を死なせようとしたわけではありません。スケジュールの遅れが自分たちの責任になることを恐れただけです。彼らだけを責めるつもりはありません。人間は誰しも時間に追われると本末転倒な判断をしてしまうのです。

時間に迫られていなくても自分本位の行動を取ってしまうことがあります。未来の世代のために地球環境を守ろうとか、財政赤字を減らそうという議論は、一般論としては誰もが賛成します。ところが、いざそのために税金を引き上げよう、行政サービスを削減しようという話になると、途端に多くの人が反対に回ります。「まだしばらく大丈夫」というわけです。

その結果、地球は温暖化を続け、財政赤字は拡大の一途をたどっています。我々は、いま投票権を持たない未来の世代に対して倫理的といえるでしょうか。

それでいながら、自分が倫理的に行動しているかどうかを問われると、93%の人がイエスと回答するといいます。つまり、自分が倫理的であると認識していても、その行動が子や孫の世代から見て倫理的である保証はどこにもないのです。

それでは、性善説や倫理教育が通用しない「倫理の死角」を克服するにはどうすればいいのでしょうか。次回はそこに迫ることにしましょう。

ケーススタディー 与えられた立場とモノの見方の関係性

交渉論の授業で、あるM&A(合併・買収)の案件について、買い手と売り手に分かれて価格交渉をさせるケーススタディーがあります。そこで、売り手側の会計士役を担った人は、買い手側の会計士役の人よりも、大幅に高い取引価格を助言する傾向があるといいます。これは与えられている役割からして、当然のことでしょう。

ところが、その後で、実際に取引された価格を当てたら報酬を与えるといって見積もらせたところ、売り手側の会計士役は、買い手側よりも30%高く買収価格を見積もったといいます。この段階では、交渉を有利に進めることではなく、実際の取引価格を当てることがゴールなのですから、本来は売り手と買い手の立場に引きずられる必然性はありません。ところが、実際には自分の与えられた立場が、自分のモノの見方に影響を及ぼしているということなのです。本書の中には、こうした認識のバイアス(偏り)の事例がたくさん出てきます。

自分のことは見えやすく、他人のことは見えにくいというのも、そうした認識のバイアスの一つです。我々は誰しも自分の肉体の中に閉じ込められています。このため、本来的に客観的な意思決定などできないようにできています。ある調査では、共同研究に携わった4人の研究者に、自分の貢献度をそれぞれ挙げてもらったところ、合計は100%をはるかに上回り、平均で140%になったといいます。人間は誰しも自分の貢献を高く評価し、見えにくい他人の貢献を低く評価する傾向があるのです。これがすべての人を満足させられない理由になっています。

このため、権限と責任を委ねられる人を選んで、意思決定を任せる必要があります。政治家や企業の経営者・管理職は、こうした文脈の中で選ばれた人たちなのです。ところが、ここに倫理の問題が入り込む隙が生じます。意思決定者もまた人間なので、常にすべてのステークホルダー(利害関係者)を視野に入れた判断ができるわけではありません。

間接的なステークホルダーを考慮から外す

特に、先に紹介したスペースシャトル「チャレンジャー号」のケースのように、スケジュールに追われて時間がない時、われわれはついつい視野を閉ざしたくなる欲望に駆られます。あるいは、あるステークホルダーの関わり方が間接的だったりすると、意識する、しないにかかわらず、考慮から外してしまうことがあるのです。

本書の中には、米国の大手製薬企業がオペレーション社という小さな製薬会社に、患者数の少ない難病治療薬の製造販売権を売却する話が出てきます。オペレーション社は大手からこうした難病治療薬を次々買収すると、その価格を10倍に引き上げていきました。こうした患者数の少ない難病治療薬は、患者の側から見た必要性は高いものの、製薬会社にとってはもうけになりません。その一方で、大手製薬企業が自ら価格を10倍に引き上げると、「大手製薬会社、難病患者を食い物に」と社会的にバッシングされかねません。そこで、オペレーション社の出番というわけです。

第三者が間に入ることで、難病患者というステークホルダーとの関わり方が間接的になります。このため、売却した後で価格が10倍に引き上げられることについては、意識の外に押し出すことができるのです。そこでは、「大手製薬会社、難病治療薬をオペレーション社に売却」とは書かれても、「患者を食い物に」とは書かれないからです。

また、ある意思決定がステークホルダーにとってコストや負担を伴うとき、それを見たくないという意識が、やはり認識のバイアスをかけることがあります。本書には、リーマン・ショックにつながった遠因として、クリントン政権の住宅政策の話が出てきます。国民の住宅取得を促すため、頭金が限りなくゼロに近いケースでも住宅ローンを借りられるような政策が導入されました。これが信用力の乏しい借り手に対する住宅ローンの貸し出しを加速させました。そこに、「仕組み債にしてリスクを分散することで格付けを上げられる」というロジックが加わり、リスクがコントロールできないほど膨張していきました。その結果がリーマン・ショックにつながったのです。

一人ひとりが自立するために、シンガポールが選んだ道

同じように国民の住宅取得を促進した政策として、リー・クアンユー氏が首相時代に実施したシンガポールの住宅取得促進政策があります。国民の給与から2割のお金を国が半強制的に天引きし、将来の住宅購入資金として貯蓄させることが行われました。当然国民にとって負担を伴うものであったことから、反発も多くありましたが、結果的に見ると1人当たり国内総生産(GDP)が世界でもトップクラスの国を実現する一助となりました。

リー・クアンユー氏はシンガポールが世界から必要とされる国になるためには、国民一人ひとりが自立し、子供の世代にもたれかからなくても生きていける状態を実現することが重要だと考えたのです。このため、安易にリスクテークを助長することをよしとはせず、むしろ国民自身に負担を実感させることを重視したのです。

米国で同じ政策が取れたとは思いませんが、クリントン政権が住宅取得促進政策を打ったとき、信用力の乏しい借り手に頭金なしでローンを貸すことが社会的にどのようなリスクを取ることになるのか、考えが及んでいたのかどうかについては疑問が残ります。結果的に多くの金融機関が危機にひんし、救済のために巨額の税金が投入されてしまったのです。

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高野研一(たかの・けんいち)
コーン・フェリー・ヘイグループ社長

1987年、神戸大学経済学部卒業。1992年6月シカゴ大学ビジネススクール(MBA)修了。大手銀行勤務、外資系、戦略系コンサルティング会社を経て、ヘイグループ(現コーン・フェリー・ヘイグループ)に入社、2007年10月から社長。著書に『カリスマ経営者の名著を読む』(日経文庫)、『超ロジカル思考 「ひらめき力」を引き出す発想トレーニング』(日本経済新聞出版社)などがある。

この連載は日本経済新聞火曜朝刊「キャリアアップ面」と連動しています。

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倫理の死角ーなぜ人と企業は判断を誤るのか

著者 : マックス・H・ベイザーマン, アン・E・テンブランセル
出版 : エヌティティ出版
価格 : 3,024円 (税込み)

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