ちょろぎ、だて巻きは食べますか? おせち料理の方言
ちょろぎ・だて巻き(1)
台所に立った。といっても作ったのはラーメンとカレー。まあどうということはない。ただ今回は「ラーメン二郎」の真似をしてキャベツとモヤシ、ニンジンを軽くゆでて麺にのせてみた。でもラーメンが生協で買った5袋200円弱の特売袋麺だったので達成感は全然なかった。栄養バランスはちょっと取れたけど。
唯一気合が入ったのは「おでん」であった。前回書いた「こなから」の味に迫ったレシピが新井由己さんの『とことん亭のおいしいおでん』(凱風社刊)に載っているので、それをにらみつけながら挑んだのである。
まずだし作りから。レシピを見ると「水3リットル」と書いてある。そばにあった2リットルのペットボトルで量りながら一番大きな鍋に水を入れたら、おっとっとあふれそうになってしまったではないか。これでは具を煮ることができない。早くも失敗の予感。
ふと、ラーメン屋でもないのに我が家には寸胴鍋があるのを思い出した。鍋の水を寸胴に移すと、今度は底の方にちょろっと水が溜まっているような感じで、またしてもいやいやいやいやイヤーな予感。
でもお父さん飯は失敗が基本であるから、今回失敗しても家族にとっては痛くもかゆくもないに違いないとの結論に達し作業を続行することにしたのだった。
鍋の水に昆布を入れて点火。お湯がわいて昆布が浮いてきたところで引きあげ干しシイタケとかつお節、さば節を加え、となるべきところだがさば節を売っていなかったので焼きあご(トビウオ)で代用した。
最後に「シジミ1個を入れて5分弱火で」とあったが「水3リットルに対してシジミ1個って何? 1パックじゃないの?」と考え込み、いやでも正誤表がついているわけではないしイラストにもシジミは1個しか描かれていないからこれは何かのおまじないか、あるいは秘伝かと思い直して冷蔵庫を探ったがシジミはなくてアサリならあるというのでアサリ1個を投入した。
味付けは塩だけ。醤油は使わないのにカツオから出ただしの色で、薄口醤油で作ったうどんつゆのような色をしている。
小皿に数滴とって味を見る。うーん。「こなから」の味ってどんなだっけ。こんなだっけ。違ったっけ。要するに本家の味を覚えていないものだから、真似のしようがないことをこの段階で認識したのである。遅いのである。
「味見してー」
その辺で好き勝手なことをしている家族全員に強制味見を決行したところ全員からうつむき加減かつ消え入りそうな声で「おいしい」という返事をもらえたので、もう引き返すことができなくなってしまったのだった。
後は具を入れて1時間煮る。それだけ。その間にホウレン草のお浸しを作り酒を飲んでいたら、大根もよく煮えて完成した。
家族はうつむき加減かつ消え入りそうな声で「おいしい」と言って食べていたのできっとおいしかったのだろう。
私も食べたが……また作ろーっと。
デスクにやにや だいたいその通りにやれば、大失敗はしないのがレシピというものです。なのに細かい齟齬(そご)を積み重ねて、全然違うものに仕上げてしまう。これを「お父さん飯の七不思議」と呼んでおります。
エミー隊員 野瀬さんどこに行くんですか……。
野瀬 給湯室。涙を見られたくないから。
今週は、真夏に恐縮だが「ちょろぎ・だて巻き」である。
「ちょろぎ」。原産地は中国。ネジリイモ、チョウロギ、チョウロク、チョナ、ジイナモとも。江戸中期の料理本には田楽、つけ焼き、甘煮、三杯酢、梅酢漬けなどの料理法が紹介されている。江戸時代は大根やカブと同じく救荒作物のひとつであった。大分県竹田地方では古くから栽培される(「たべもの起源事典」から)
写真は東京のスーパーで購入したもの。こんな形をしている。へんなの。ハングルの「ジロンイ」(ミミズ)が転化して「ちょろぎ」になったのだそうだ。
エミー隊員は東京でこれを買って郷里の山口県内パン屋さんが1軒しかない某市の実家に帰った。ひと口食べた母親は吐き出してしまったそうだ。「私が4日も旅行カバンの中にほったらかしていたせいでしょうか」
「だて巻き」。正月料理に用いる。白身魚やエビのすり身に卵黄を加えて調味し渦巻き状に焼き上げたもの。かまぼこ製造のときに出る大量の卵黄を利用し、創作されたものという。年代は不明(同)
だて巻きは私には甘すぎていけません。酒の肴にならなくて。
かまぼこを作るとき、つなぎに卵白を使う。当然卵黄が残る、もったいない。これで卵焼きを作ろうというので生まれたのがだて巻きだそうな。知らなかった。
卵白を使った珊瑚玉の模造品「明石玉」を作る時にでる卵の黄身を利用してできたのが「卵(明石)焼き」という説があることを熊谷真菜さんが『たこやき』で書いていた。残った食材の有効利用が新たな食べ物を生む。
さあ、メールを紹介しよう。いまだカレーのにおいが充満しているが、まずは本題関連から。
ちなみに、「カレーパンの中身をご飯にかける」を試してみました。消極的に1個だけですけど。残念ながらお気に入りのカレーパンは売り切れだったので、別のパン屋さんの普通のカレーパンで試しました。結果、やめればよかった(沼津のチャリンコさん)
静岡県沼津市ではだて巻きを食べるが、ちょろぎは見当たらないようです。うまきが登場するのはさすが静岡です。静岡では正月にうまきを食べる習慣があるのでしょうか。さらなるメールを待っています。正月もおでんだったりして。
ちょろぎ東北説が浮上しました。どうでしょう。
カレーパンは残念でした。私もやめた方がいいのではと思っておりました。
大阪にはともになし。でもデパートやスーパーではだて巻きを見かけたことがあります。最近は食べる人が増えているのでしょうか。「梅焼き」は初めて見たとき、まんじゅうかと思いました。梅の花型固いはんぺん(東京の)という感じ。「大寅」が有名だったと記憶しています。
はい、関西にはやはりちょろぎもだて巻きも見当たりません。が、どうもデパートや料亭が作る出来合いおせちの影響は見逃せないようです。中華風おせちとかフレンチ風おせちなんていうものも人気があります。たまには変わったものをという需要があるからなのでしょうが、おせちの風景が随分変化しました。
デスク乱入 暮れにスーパーに行った時、初めて意識してだて巻きを見ましたが、意外に高いですねえ。1本2500円もするのがありました。なので、見るだけにしときました。
東京では昔、年末に、だて巻きのテレビCMがよく流れたものです。つく○んとか。まだやってるのかしら。ちなみに両親が宮城出身のわが家では、だて巻きは必ずありました。この名前、仙台藩の伊達さまと関係あるの?
野瀬即答 「男伊達」の伊達(人目を引くこと)だから無関係とは言えないけれど、異説もたくさんあるみたい。
赤こんにゃく。本当に赤いです。歯ごたえがあってなかなかうまいものです。
飲み屋で食べたことはありますが、おせちの一員におさまっているとは知りませんでした。さすが滋賀県。ふなずしです。
ちょろぎを食べるというメールはこの1通だけ。
「だて巻き」もありましたが、あまり印象は強くありません。あとは、「黒豆」「数の子」「煮しめ」「栗きんとん」「田作り」「かまぼこ」などが並んでいました。必ずあったのが「牛肉のアスパラ巻き」で、何でおせちに入っていたのか今考えると不思議です(東京のミルフォードさん)
年末の数日、近所のスーパー4軒のおせち売り場をにらみつけていましたが、12月27日ごろからある一角が真っ赤っかになりました。ちょろぎが並んだのです。そして28、29、30、31日と押し迫るにつれ、その赤い一角がどんどん小さくなっていきました。要するに売れちゃった。こんなに東京の人はちょろぎを食べるのかと改めて驚きました。
実は我が家は昨年まで非ちょろぎ家庭。でも今年は買いました。東京育ちながら非ちょろぎ家庭に育ったカミさんは一口だけ試食という感じ。小学生の末の娘が一人で2パックも平らげ元日の夕方にはなくなりました。口の中が真っ赤になっているんじゃないかと心配になるくらいの勢いでした。
ちょろぎは関東以北に広がる正月系物件なのか。それとも東北中心なのだが、東北出身者が多い東京に伝播したのか。栽培が盛んという大分県竹田地方では食べないのか。この辺が今後の焦点です。
と書いたところで聞き書きふるさとの家庭料理シリーズ第20巻「日本の正月料理」を買ってきてぱらぱらとめくっていると、あれー?
全国のお年寄りに伝統的な正月料理を再現してもらっているのだが「ちょろぎ」が出てくるところが1ヵ所だけあった。どこだと思いますか? 北海道? 東北? 関東? じゃなくて何と大阪・船場なのである。そこの旧家では正月には近所の有名料理屋から組重を注文しているが、お重の中にはちょろぎの塩ゆでが入っているのである。
さあこれをどう考えたらいいのだろう。ちょろぎがかつて救荒作物、つまり飢饉のときでも育つ食べ物として栽培されていた点を考えると、昔は全国どこでも植えられ、食べられていたのかも知れない。それが次第に食べ続ける地域と食べなくなった地域に分かれた可能性がある。
ウチの母方の祖父(佐賀県鹿島市)もこの餅すすりが大好きで、よくその様子を自慢げに見せてくれましたが、なぜせっかくついたばかりのお餅を味わいもせずに大量にお腹に流し込んでしまうのか、不思議でたまらなかったものです(みんみん♂さん)
風物詩になるのも命懸けです。私も見たことがありますが、対抗できるのはうどんをかまずに飲み込める讃岐人だけではないでしょうか。そのうち、はなわが歌うかも。
まずそのまま食べます。残った筑前煮とかまぼこ、栗の甘露煮、練り物などの残り物を一緒に細かく刻んで、春巻の皮で包んで春巻にしてしまいます。油で揚げると筑前煮の旨味、かまぼこなどの甘みと油のハーモニーが抜群です。二度おいしい筑前煮、是非お試し下さい(ジュンの母さん)
試してみたいようなみたくないような……。
その他のメールをポイントだけ。
醤油・塩・味噌ラーメンを捨て、カレーラーメンだけを出していたのは何か主人の考えがあってのことでしょう。何も考えていなかったのかもしれませんが。
こんど作ってみよーっと、ゴボ天カレー。失敗してもゴボ天のせいにできるし。
醤油? カレーに醤油? 生卵落としたら卵かけご飯にカレーをかけるのと同じやあらしまへんか。でもゴボ天カレーになら合うかも。カレー味のおでん……。
はっはっは。註を書くつもりだったのに、はっはっはです。東日本の天つゆに大根おろしと関西の「ソースで天ぷら」が合体しています。これは一遍試す価値がありそうです。思いつきませんでした。あっぱれー。関西なのにウスターじゃなくて中濃というところもすごい。
ミシガンの松本さん、焼酎のそばつゆ割りを飲むの大変でしたね。でも飲めてよかった。
(特別編集委員 野瀬泰申)
[本稿は2000年11月から2010年3月まで掲載した「食べ物 新日本奇行」を基にしています]
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。