カレーを食べるのはスプーン? それともフォーク?
カレー(5)
先日、おでん研究家の新井由己さんから「日本一うまいおでんを食べに行きましょう」というお誘いをいただいた。行かないわけがないのである。で、その日本一の店はどこにあるのだろうか。東北か静岡か。やがて新井さんからメールが来た。
「JRお茶の水駅で待ち合わせしましょう」
東京? お茶の水?
なんと東京のど真ん中に超絶のおでんが存在するというのである。
私が無知だっただけで、おでん通で知らない人はいないというくらいの有名店であった。
店は「こなから」という。
休日だというのに予約で一杯。こたつ式のL字型カウンターだけの店で、詰めても20人は入るまい。私と新井さんは一番奥の席に並んで座った。
ビールなどを頼んでいると、突き出しの盆が出てきた。空豆数個、つぶ貝の煮物、茶わん蒸しに氷頭(ひず)なます。突き出しと侮ってはいけない。茶わん蒸しを食べ進むとギンナンかと思ったものがホタテで、ホタテがギンナンの代用かと思うとギンナンもちゃんと入っているのである。出しの加減がなんとも絶妙。氷頭なますは今まで食べた中で一番軟らかかった。
「これだけで満足するでしょう」と新井さんがビールにのどを鳴らす。酒飲みの心を知リ尽した突き出しを片付けた後にこの若き(私に比べてという意味)おでん研究家が最初に注文したのはおでんではなく「イカの塩辛」だった。イカはあくまで新しく、辛すぎず甘すぎず。無論、自家製である。
タクアンを頼めば、ご覧のようにタクアンを薄切りにし、おでんのつゆをかけてゴマやオオバをあしらった立派な料理の姿で出てくる。
「カキおでん」は、つゆを薄めた汁にプリプリのカキを二つに切ったものが入っていて、上等な椀ものに仕上がっている。本筋のおでんに行き着く前に「日本一」の実力を見せつけられた格好。
新井さんが壁の上を指さした。棚にずらっと並んだ袋はシイタケの「どんこ」の石突きである。これが出しの隠し味だか決め手だかになるのだという。
ご亭主は京料理の出で、いくつかの店を切り盛りしてから「こなから」を始めた。鍋をご覧いただきたい。美しい真ちゅう製で「ひょうたん」の形をしている。広い方でおでんを温め、狭いくぼみにはスタンバイのネタや煮すぎてはいけないものが入る。ひょうたんはこの店のシンボルらしく、大根も芯のところを小さいひょうたん型に抜いてある。意匠的にも面白いが、多分これは熱の回り方、味の染み込み方を均等にする工夫でもあるのだろう。ちなみに抜いたひょうたん型は捨てずに出しで煮て「おまけ」に活用される。小さくてかわいい。
さて、おでんを食べよう。
まず「はんぺん」。ふわふわの魚のすり身を想像すると、いい方に裏切られる。主役は山芋である。真ん中にたらこが入っていて、ほどけるようなはんぺんの食感と好一対。
卵は半分食べてみて驚いた。黄身が真っ黄っ黄。だいだい色に近い。特約の地卵である。「じゃが丸くん」「さと丸くん」「かぼ丸くん」は単なるジャガイモ、里芋、カボチャではない。ゆでて軟らかくなったものに魚のすり身とゴマを加え、丸めて軽く揚げてある。こんな手の込んだネタが注文するたびに鍋に投じられ、ぬくぬくになって客前に運ばれて来るのである。
9時を回ったころになってご亭主が厨房から現れた。あっちこっちの客と言葉を交わしながら、おでんの残りをサービスでどんどん出していく。私たちにはご亭主と新井さんとの特別な関係もあって注文していないお酒がじゃんじゃん出てくる。コンニャクもサービスでどーんと運ばれてきた。
ご亭主と女性たちの笑顔もまた味のうちである。
エミー隊員おねだり エ、エミーも行きたいです……。
デスク便乗 じゃ、私も付き添いで……。
野瀬太っ腹 いいよいいよ。どーんと行きましょ。私のケータイに割り勘計算機能がついているし。
あと、ちょっと気になるのが、カレーを「スプーンで食べるかフォークで食べるか」問題であります!……私はただのカレーライスを食べる場合も「フォーク派」です。口に入れる部分がスマートなので食べやすいって、たったそれだけの理由なのですが(鹿児島県・30代・カレーまみれ子さん)
このスプーンを使ってから、通常のスプーンの形がいかに食べ物の味を落としていたのかが(通なら)判ります(沖縄チャンポンさん)
フォーク派は意外に多そうです。先日、女優の三林京子さんと東京で久しぶりに会ってランチしました。もちろんカレーです。「生卵頼んでソースびたびたで食べるべし」ということになって生卵を注文したのですが「生物は衛生上お出しできないことになっております」と断られました。ソースの方は「リーペリン」のウスターがあったので、衆人環視のもとソースびたびたを決行しました。いやあ、リーペリンてカレーに合うんですねえ。
さあ、ランダムに行こう。カレーメールの乱れ打ち。
「カレーそば」ってメニューにのせておいてそれは、ひ、ひどい。
やめたほうがいいと思います。カレーパンの中身だけでご飯ひと皿分をまかなうには10個ほど買ってこなければなりません。高くつきます。後悔すると思います。
■カレーつけそば
カレーそばは食べたことがあったのですが、(丸ノ内「阿さま」の)「カレーつけそば(通称つけガレー)は初めてだったです。二つの丼が出てきて片方には冷たいそば、他方には牛肉、玉ねぎの入ったカレールーが入っていて、そばを(熱々)カレールーにつけながら食べます。冷たいそばに熱いカレーは衝撃的でした。関東ではこのようなカレーは一般的なのでしょうか?
■カレー焼うどん
八重洲にある「おかめ」という甘味屋なのですが、ここには茶飯焼うどんというメニューもあって茶飯と焼うどんが別々に出てきました。なのでこのカレー焼うどんもカレーライスと焼うどんが別々に出てくるものだと思っていたのですが……出てきた物はカレーライスの皿の半分にソース味の具無し焼うどん、もう半分にカレーライスのルー、焼うどんとルーの間に刻んだキャベツという代物でした。味は焼うどんにカレールーをつける必要があるのか? という疑問の残る結果となりました(HAMAN@広島さん)
どっちもレアな物件です。とくにカレー焼きうどんは、ソース焼きそばに各種パスタソースがかかった新潟のイタリアン系異種格闘技型物件のようです。食べてみないと何とも言えませんが、取りあえず食べる予定はありません。少なくとも箸とスプーンの両方を使わないと食べられそうにありませんね。私はこの「持ち替え」が苦手なのです。面倒くせー。
でも私にとってのカレーうどんは、それなんです(りこさん)
幼い子供がゆで麺を温めもせずカレールーに投入というだけでもウルウルになるのに、先割れスプーンでそれと格闘する図を思い浮かべると涙なくしては読めません。私が給食で食べていた「乾パン・マーガリン・脱脂粉乳」という黄金トリオを思い出しました。
ここでデスク乱入 給食のカレーうどんと聞いては、黙っていられません。りこさんと同じころ、私が通っていた神奈川県の小学校では、皆があれを楽しみにしていました。先を争ってビニール袋をかみちぎり、麺の固まりをカレースープの中へ。うれしくて上ずっているものだから、麺を20センチくらい上空から投下してしまい、服を黄色い水玉模様に染めるやつが必ずいたものです。麺は、うどんとそばの中間くらいの太さで、なぜか「ソフトめん」という名前でした。そのころ、米飯給食はなかったのね。
何だ、楽しそうじゃん。同情して損した。
私が反応したのは「なぜか砂糖を入れて甘くしたりと、子供ながらにいろいろアレンジして食べていました(うちではトマトも砂糖をかけて食しますし、母は納豆に砂糖をかけます)」の部分です。ドライカレーに砂糖は子供とはいえ相当の力技です。甘納豆赤飯、栗の甘露煮入り茶わん蒸し地帯ならではの甘味攻撃ではないでしょうか。
室蘭は焼き鳥ばかりと思っていましたが、カレーラーメン常食地帯でもあったのですか。
自宅で作るカレーはルーだくだく。足りなくなればルーだけおかわりです。夫は皿を汚すのがイヤなので、カレー陣地を白飯で襲い食べ終わる時には洗わなくてもいいような皿になってます(千葉県 きゃんさん)
ルー3:白飯7の割合というと、ちょっぴりカレー味がついている程度です。とっても物足りないと思います。でも最後に術を使うために、途中の労苦は厭わない、我慢しちゃうというきゃんさんの努力には感心します。ただご主人の食べ終わった皿はやっぱり洗ったほうがいいと思いますよ。洗ってはおられるでしょうが。
メールをちょっぴりなどと書いておきながら、全然ちょっぴりではないではないか。これでも紹介しきれないメールがたくさん残っている。あと1本だけ掲載する。
この国は検疫が厳しく、前回入国の際、かつぎや部隊顔負けの荷物と英文パッケージをはずした数十キロの食料品の中から、よりにもよって私の好きなX&Xディナーカレー中辛がひっかかった。連中は動物エキスが入っていることを知っていたのか。アレがないと私のカレーができない。やる気を失っているところにクアラルンプールから主人が帰ってきた。
「これからは辛いインドカレーよりマレーシアのカレーだ」と、近所の健康食品店へ行き、ターメリックを3キロほど20ドルで買って来た。日本でいうところのウコン粉。帰国のたび、銀座の沖縄物産店でひとビン100グラム3000円を高い高いといいながらいくつも買ったウコンがとっくに底をついていた。
「これは、肝臓にいいんだ。そこが良くなれば、当然、体の隅々まで、な。これでカレーを作れい!」。なにやらヘンな目つき。
そんなもの食べたことがないが、炒めたタマネギと牛ひき肉にウコン粉をたっぷり入れてみれば黄色も鮮やかな液体は刺激なし、うまみなしの給食カレー。これって色をつけるためのものだったのね。
ストック分のアジア食品からあやしい調味料、香辛料を混ぜ混ぜしたが、彼のいうマレーシアカレーにはならず「これじゃ、外人妻のみそ汁だ」「それならインスタントパウダーでも買ってくればよかったのに」。
それ以来、夫婦の間にはマラッカ海峡ができ、カレーの話はない(ゴールドコーストの海彦の妻さん)
ご苦労様でございました。マラッカ海峡はまだ引き潮にはなりませんか。ご夫妻でメールありがとうございます。2組目です。
デスクこっそり あの国の食品の持ち込み規制は確かに厳しいですね。私の知り合いには、固形のカレールーをチョコレートの箱に入れて"密輸"を図ったやつがいました。でも、箱が異様に重かったので見破られてしまったとか。
色つきのコーヒー瓶に入れて「これは食品にはあらず。私の信ずる宗教の儀式に使用する神聖な薬である。おでこにつけて使うのである」と主張する奇手もあります。検疫官に「じゃ、開けてみて」と言われた時に、どう切り抜けるかがポイントですね。
あ、別に密輸を勧めてるわけじゃありません、ホントに。あの国で狂牛病が発生していなかったりするのは、そういう努力のたまものですからね。でも、ニヤリと笑った検疫官に「もう行っていいよ」と言われた時は、とても幸せな気分になります。いや、なるらしいです。
野瀬疑問 何でその気分知ってるの?
カレー問題のVOTE結果を紹介しよう。いやー、面白いなあ。特にカレーに入れる卵なんかは踊り出したくなるような見事さである。
地図を見れば一目瞭然。「ゆで卵が優勢」な地域は東日本。近畿以西山口までずーっと「生卵優勢」地帯である。これでは文明の衝突が起きてしまう。私たちが間にはいって何とかしようというわけでもないだろうが、その中間には山梨から三重に至る「生・ゆで卵混在」地帯が広がっているではないか。恐らく両方の食事行動の混交であるだろうけれど、こんなにはっきりと色分けできたケースは珍しいのではないだろうか。
九州はお肉問題のときのようにまたしてもモザイク模様で、あんたたちゃ東日本ね西日本ね、はっきりせんねなのである。
カレーそばはどうか。デスクとエミー隊員が苦労の末に「カレーそば指数」を作ってくれた。バックデータで見ると「カレーそばが普通にある」という回答が50%を超えたのは北海道(63)、群馬・茨城(58)東京・宮城(55)の5都道県だけだった。要するに東日本である。
長野以西では「カレーそば」は俄然レアな物件になり、岐阜・高知・佐賀・沖縄は全員が「そんもんないぞー」。
デスクご説明 カレーそば指数(単位杯)とは、各地のVOTEの「普通にある」の割合×2+「時々見かける」の割合×1+「ない」の割合×-1の合計です。地図では、100杯以上が「普通にある」、50杯以上―100杯未満が「時々」、0杯以上―50杯未満が「たまに」、0杯とマイナス100杯の間が「ほとんどない」、マイナス100杯が「ない!」となっております。
さて次なるテーマは「おせち」である。雑煮をやってくれというご要望をたくさんいただいているのだが、雑煮については多くの学者や研究者が手がけていて各種の詳細な地図も存在する。すき間が見つからない。ところが「おせち」の方はまだやる余地があるような気がする。
「ちょろぎ」と「だて巻き」に焦点を当てたい。ちょろぎ? とおっしゃる方も多いだろうが、広辞苑にも載っているし、日本人は相当昔から食べてきたようなのである。取りあえずお手元の辞書類であたってみていただきたい。
だて巻きも今やおせちの全国的定番のように思われているが、果たしてそうか。例えば関西であんな甘い卵関連物件を食べるだろうか。出し巻き卵に勝てるだろうか。
(特別編集委員 野瀬泰申)
[本稿は2000年11月から2010年3月まで掲載した「食べ物 新日本奇行」を基にしています]
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
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