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敷金返還自らの清掃・補修の効果は? 査定20万円以上の差 「とことん試します」

2010/3/21 日本経済新聞 朝刊

会社勤めにつきものなのが引っ越し。記者(29)も千葉県や東京都に何回か住まいを変えた。そのたびに気になったのが敷金の返還額。いくらきれいに使っても、汚れや傷を理由に修繕費を引かれ、満足に戻っていない。ならば自分で徹底的に清掃・補修して、費用の名目をなくすことはできないか。トラブルが多く、最高裁判所で判例も出た敷金問題だが、現実的な対策を試みることにした。

記者の自宅は東京都内にある築5年のワンルームマンション。1年前の入居時に支払った敷金は約25万円とかなりの額だ。たばこは吸うが、必ず換気扇の下。最低でも1週間に1度は掃除をし、かなり片付けている部類だと思う。

汚れたまま査定 壁紙替えが必要

舞台は自室。実験手順はこうだ。まず協力してくれた建設関係会社A社に、現状で必要な修繕費を査定してもらい、修繕ポイントの指摘を受ける。次にそのポイントに最大限の修繕・清掃を加えてから、別組織の専門家の再査定を受ける。25万円から再査定後の修繕費を引いた金額が、予想返還敷金額になる。

保証金などからの減額幅が、入居時に決まっている「敷引き」が一般的な関西圏では参考にしかならないが、それ以外の地域では役立つ実験だろう。

そして迎えた1回目の査定。「ここ汚れてます。壁紙替えないと」「床もへこんでます。張り替えですね」――。部屋を見たA社の担当者から同意を促すような口調の厳しい指摘が次々飛び出した。確かに目をこらすと、白い壁紙に黒ずみや、シミがついているような気がする。床のへこみは自分がつけたものではないが、実際にできたのは、ただうなずくことだけだった。

後日、送られてきた結果に目を疑った。必要な修繕費は約30万円。敷金が戻らない可能性さえある。A社に問い合わせたところ、大まかな内容は(1)壁の汚れやピン穴(2)床のへこみ(3)エアコンの汚れ(4)部屋全体のクリーニング代だという。最も高額だったのが、壁紙張り替えと幅木交換費で約15万円だった。

対策をA社に聞くと「まず壁の汚れを取ること」とのこと。清掃と補修に乗り出すことにしたのだが、今度はその方法が分からない。そこで物件の補修作業をするバーンリペア(東京都新宿区)の土屋好生氏にアドバイスを求めた。

まず床のへこみを何とかしたいと思ったが、土屋氏は「これは直せませんね」と一言。理由は床がビニール素材を上に敷くクッションタイプだったため。これがフローリングなどの木製なら、色のついた樹脂をはんだごてで溶かし、すき間を埋めた後、表面に木目を書く手法が使えるという。熱に耐えられないのではこの手法は使えない。壁の汚れ落としやピン穴埋めの方法を聞いた。

ピン穴埋めに使うのはチューブ式の補修剤。作業は意外と簡単だった。快調に作業を進めたが、問題は思いのほか数が多いこと。結局、約30カ所の穴を埋めるのに30分を要した。補修した部分は見分けがつかないほどになった。エアコンの問題点はフィルター。内部機器の洗浄は素人には向かない。フィルターのほこりを丁寧に落とした後、風呂場で洗った。

中性洗剤とキッチンペーパーで汚れに挑戦

大変だったのは壁紙の汚れ落とし。「キッチンペーパーに中性洗剤を染み込ませ、壁に張って汚れを浮かせ、ふき取る」との土屋氏の言葉に従い、脚立を立てて隅々まで清掃した。昼過ぎに作業を始めたが、結局すべての壁をふき終えたのは日付が変わる時間帯。キッチンペーパーを8ロール消費したが、くすみや黒ずみなど目立った汚れはなくなった。「壁の汚れの元になる油分やヤニは粒子が大きく落ちやすい」という。

壁の負担ゼロ 床修繕のみに

いよいよ再査定だ。あえて違う専門家に査定を依頼する。頼んだのは特定非営利活動法人(NPO法人)日本住宅性能検査協会の大谷昭二理事長。大谷理事長は敷金を第三者の目線で査定する専門家だ。部屋を見る大谷理事長を祈るような気持ちで見つめる。その結果告げられた修繕費の見積額は「床の補修費用の3万~4万円だけ」。自分で手を入れる前に比べ26万~27万円減り、20万円強が戻ることになりそう。

壁に関しては色あせ等があるものの、傷や破れ、目立った汚れがないため修繕費はゼロに。費用低下に心が躍った。ただ、床のへこみについては「(記者が)破損させたなら原状回復義務がある」との見立てだ。

大谷理事長によると「賃貸物件は、通常使用なら清掃、補修費用は貸し手負担が原則」。とはいえ補修や清掃が不要なわけではない。「通常の使用」の線引きが難しく「経年変化による損耗でも代金を請求される場合が現実にはある」という。そんな時、部屋がきちんと清掃してあれば、胸を張って異議を出せる。退去前のしっかりとした掃除が、現実的なマネーセーブにつながるだろう。

補修費用 通常使用なら、貸し手の負担
敷金で常に問題になるのが、補修にかかる費用をどこまで借り手が負担するのかという点だ。国土交通省や東京都はガイドラインを作成し、敷金負担について指針を示している。司法の場でも、2005年末、最高裁は「通常の使用によってできた汚れや傷みの補修費用は貸し手が負担する」という判断を示しており、基本的に貸し手の負担という結論は出ている。
それでもトラブルが絶えないのは、「『通常の使用』の判断がはっきりせず、借り手にも知識がないため」(大谷理事長)だ。疑問点や納得できない請求についてははっきりと意見をいうことが大切だ。

記者のつぶやき

敷金を取り戻せるかと考えた試みだったが、途中から補修や清掃自体がおもしろくなった。汚れや傷がプロの助言で魔法のように消えるのは気持ちがいい。

敷金を巡るトラブルは多い。借り手は立場が弱くなりがちだ。ただ、日ごろから清掃しておけば、いざという時に十分主張することができる。部屋を退去する日まで楽しみながら清掃を続けようと決意した。(赤塚佳彦)

[日本経済新聞朝刊2010年3月13日付]

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