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前回は、松下政経塾の「五誓」から3つを取り上げました。今回は残りの2つ、先駆開拓の事、感謝協力の事を中心にみていきましょう。

ベイン・アンド・カンパニー・ジャパン 奥野慎太郎氏

ベイン・アンド・カンパニー・ジャパン 奥野慎太郎氏

先駆開拓の事とは、既成のものや考え方に満足せず、絶えず新しいものを創造しようとすることです。リーダーたる者、たとえどんな領域であれその道で日本一、世界一を目指すべきで、それには新しいものを生み出さなければなりません。

これまでに学んできた知識にとらわれず、百歩先、十歩先の先見性を大切にしつつも、まずは一歩先の現実をよく見ることが重要です。そのうえで「これをやるべきだ」ということに対して自らが「言いだしべえ」として立ち上がることを、松下幸之助は期待します。

立ち上がろうにも自らのビジョンやアプローチに腹の底から得心できず半信半疑のときもあるかもしれません。かと言って、ずっと突き詰めていても時間切れになるかもしれませんから、「適当なところ」で結論を出して前に進めるのがリーダーだと彼は説きます。

感謝協力の事とは、文字通り常に感謝の心をもって互いに協力し合うことです。まず、腹の立つことでも感謝に変えたりプラスにとらえたりできるように、自分の心を使いこなすことが重要です。部下や後輩を含め相手の長所も短所も受け入れ学ぼうとすること、お互いに誠実に奉仕し合うことが、感謝と協力につながっていきます。

また、うれしいことはいつまでも心に残し、悲しいことには執着しないことも、そうした気持ちを持続させます。他人の評価ではなく自己観照を第一とすることで、おのずから謙虚な気持ちが生まれ、感謝と努力が促されるのです。

昭和を代表する経営者の一人である松下幸之助が没して30年近くになります。彼が自らの体験から紡ぎ出したリーダーシップの要諦をもう一度胸に問うて、先人に負けない成功と発展を社会にもたらしたいものです。

ケーススタディー 「言いだしべえ」になるためには

絶えず新しいものを創造し、社会に価値を生み出し、事業体として成長し続けることは、企業の本来の使命であり、そのために組織を率い、意思決定を繰り返すことが、経営者の務めです。

一方で、組織が大きくなり、様々なルールや先例が生まれ、各種の会議や企業のカレンダーが経営者の多くの時間や意思決定のタイミングを支配するようになると、新しいことにチャレンジしようという動機づけが往々にしてむしばまれます。

まったく新しいものではなく、既存事業の中で過去とやり方を変えてみる場合や、あるいは新しいことをやるために古いものを整理・清算することが求められる場合は、過去の成功体験やシガラミが邪魔をして、「言いだしべえ」になるのは特に難しいものです。

そして、そういった判断から逃れ、あるいは先送りにしていると、企業としては徐々に競争力を失い、企業価値も伸び悩むことが多いわけです。それでも「利益が出ていればいいじゃないか」、「前年より良くなっているからいいじゃないか」と正当化されて、なかなかその企業や事業の本来のポテンシャルの発揮に向けて目線が上がらないことも少なくないようです。

近年、日本でも企業統治指針(コーポレートガバナンス・コード)や投資家規範(スチュワードシップ・コード)が設定され、2人以上の社外取締役を入れることや、過去5年平均もしくは直近期の自己資本利益率(ROE)を5%以上とすることが求められてきています。こういったガイドラインの最大の目的の一つは、企業の経営陣が現状の維持や保身ではなく、外部の新しい意見にも耳を傾け、自らの任期の時間軸を超えて持続的な企業価値向上を目指すことを奨励するものです。

失われつつある先駆開拓の精神

 言い換えれば、そうした外的なガイドラインでも設けないと、持続的な企業価値向上に本気で取り組まない日本企業も多い、という問題意識がこの背景にはあるわけで、それは大変残念なことです。

さらに一歩引いて考えれば、これは学校教育の過程や社会全体としてもそうした「言いだしべえ」を称賛し、その結果が失敗に終わっても「経験」として評価するような仕組み・風土が失われつつあることへの警鐘ともいえるかもしれません。

第1回でもご紹介したように、フェイスブックやツイッター、テスラモーターズ、ウーバー、スクエアなどの現在の米国の活力を象徴するような新興テクノロジー企業は、いずれも10年ほど前にはほとんど無名か、もしくは存在すらしませんでした。そうした企業が次々に生まれ、新たな価値と雇用を生み出すことが、米国のダイナミズムの真骨頂であり、何度も衰退が言われながらも同国が活力を維持している大きな要因です。

翻って、日本経済の長期低迷は、少子高齢化等のマクロ要因もさることながら、こうした先駆開拓の精神が全体として弱くなっていることにも起因するのではないでしょうか。

松下幸之助が私塾で掲げた五誓(素志貫徹の事、自主自立の事、万事研修の事、先駆開拓の事、感謝協力の事)は、彼が自身の商売哲学・人生哲学から紡ぎ出した教えですが、経営コンサルタントの立場からみると、これらはまさに「プロフェッショナルとして生きる」上で必要な心構えを体系化したものにも映ります。

プロフェッショナルとして成功するために求められること

ここでいうプロフェッショナルとは、立場や財力、権力などではなく、自らの腕や知恵、スキルやノウハウで、余人とは異なる付加価値を出す人、というように定義されるでしょう。起業家であれアドバイザリーであれ、あるいはビジネス以外の道を究めようとする人であれ、自らの腕や知恵で価値をつくり、自らのアウトプットに責任をもつ人たちは皆含まれます。活躍するフィールドに関わらず、現状への問題意識をもって自ら立ち、謙虚に教えを乞い、何事にも感謝し、過去の慣習を破って自らの信念を貫き通すことは、プロフェッショナルがプロフェッショナルとして成功し、何か後世に残る仕事を成し遂げるために求められる基本的な姿勢です。

逆に現状に満足・追従する、自らの腕を頼み過ぎて「上から目線」になる、あるいは困難に不満をたれて失敗を他人のせいにするような人は、そのテーマ等によらず、プロフェッショナルとはいえません。

最近は外資などで経営経験を積んで日本企業のトップに就く、いわゆる「プロフェッショナル経営者」と言われる人々の功罪が議論されておりますが、こうした外部招へいのトップに限らず、上記の定義に従えば、経営者とはそもそもプロフェッショナルであるべきです。そして、立ち向かう経営課題の種類や率いるべき組織の特性に関わらず、プロフェッショナルである以上、少なくとも中長期的にはこの五誓に沿った問題解決や経営判断、リーダーシップの発揮が、経営者にも、コンサルタントのようなアドバイザリーにも、広く求められるのではないでしょうか。

故人が私財や家族をリスクにさらしてまで事業を築き上げ、その過程で獲得してきたこの教えを生かし、日本経済の(再)活性化につなげたいものです。

奥野慎太郎(おくの・しんたろう)
ベイン・アンド・カンパニー・ジャパン パートナー
京都大学経済学部卒業、 マサチューセッツ工科大学スローン経営大学院経営学修士課程修了。東海旅客鉄道(JR東海)を経て、ベインに参画。全社戦略・ターンアラウンド(企業再生)、M&A(合併・買収)戦略を中心に、ハイテク、小売り、消費財、製薬、自動車、建設、金融など、幅広い業界のプロジェクトを手がける。
=この項おわり

この連載は日本経済新聞火曜朝刊「キャリアアップ面」と連動しています。

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リーダーになる人に知っておいてほしいこと

著者 : 松下 幸之助
出版 : PHP研究所
価格 : 1,028円 (税込み)

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