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「ブラタモリ」、雨のロケ

タモリ:「今回は横浜に来ています」

いつも通り"気負い度ゼロ"な感じで「ブラタモリ」(NHK5月14日放送「横浜の秘密はハマにあり」)が始まった。山下公園、大桟橋。青空にぽっかり雲が浮かんでいる。

(写真:PIXTA)

(写真:PIXTA)

近江友里恵アナ:「海も、おだやかですねえ」
タモリ:「うん、今日は、おだやか、本当に珍しい」
近江アナ:「珍しいですか?」
タモリ:「やっぱりね、これ、近江ちゃんのおかげですよ……」
(スタッフ爆笑)
近江アナ:「え? そうですか?」

キョトンとする彼女にさらに声を大きくあげて笑う撮影スタッフの声を、マイクがきっちり拾っている。テレビ画面には、大雨の中、タモリさんが「前任者」とビニール傘をさし雨風に震えながら函館、奈良、鎌倉をロケするスチール映像が挿入された。

実際に「ロケ降雨率」が高かったのかは知らないが、桑子真帆さんのロケでは「なんだか、雨や嵐の日が多かった」という印象がなくもない。スタッフの間でも「桑子さんは雨女」という声があったりしたかもしれない。

タモリ:「前のアナウンサー(名前は)なんといったかなあ……」
近江アナ:「桑子……先輩!?」
(スタッフ爆笑)

ほんの短い、ごくさりげない会話。一瞬にして和んだ直後、番組は素早く本論に突入する。これこそが「雑談」の醍醐味だ。

雑談に「非日常的なトーン」は大敵

雑談は、しばしば「それを語る人の人柄や知性を反映する」と言われるが、番組開始早々「その通り!」と感心したポイントを3つあげてみた。

【1】タモリさんは雑談の話し始め、テンションを上げない

番組最初の発言がこれだ。

タモリ:「今回は横浜に来ています」

気負いは全く無し。まるでつぶやくようだ。ロケ現場ではディレクターが「5秒前、4、3、2……」――カメラ横で、しゃべり始めの合図をきっちり出していたことだろう。

私のような凡人は「どうぞ!」という合図に過剰に反応して「さあ皆さん、いよいよ、我々、ついに横浜にやってまいりました!!」と、「普段より高めの調子」でしゃべり始めてしまいがちだ。こういう「くどい入り」は「うっとうしい!」と嫌な顔をされる可能性がある。雑談で気負っていいことは、一つもない。

初対面の人との雑談で「いいところを見せたい」なんて悪あがきすればするほど、聞き手に「引かれる」危険性が高まるばかりだ。「普段より高めなテンションで盛り上げよう」と狙った段階で「日常のさりげなさ」は失われ、「聞き手と話し手」の距離が開いてしまう。

「軽さと違和感のなさ」が求められる雑談に「非日常的なトーン」は大敵だ。「うるさい」と思われたら、雑談は単なるノイズとなってしまう。

たわいもない雑談を、普段通りのテンションで

タモリさんが「隣にふと現れても普通に会話できそうな感じ」を醸し出しているのは、「テンションを上げない話し始め」にもありそうだ。

「ブラタモリ」だけでなく「ミュージックステーション」も話し始めのテンションは高くない。「笑っていいとも!」の時だってそうだった。ゲストトークの話し始めの雑談は、意外と「ぼそぼそ」だった。

だいぶ以前、時々「タモリ倶楽部」に出していただいていた時期がある。「無駄にテキパキ、テンション高め、変に頑張る不出来なアナウンサー」だった若き日の私は、結果として、タモリさんの「落ち着いた自然なたたずまい」を際立たせることに貢献しただけだったと、今は懐かしく思い出せる。

「たわいもない雑談を、普段通りのテンションで、さらっと始める」。口で言うのは簡単だが、実際には難しい。「雑談で好印象をゲットしたい、クリーンヒットをかっとばしたい」なんていう"雑念"が仇(あだ)となり、滑りまくったなんてことがあるかもしれない(あ、私だ!)。

(写真:PIXTA)

(写真:PIXTA)

「緊張して、言葉があまり出てこない」ぐらいの人の方がむしろ「好印象」を持たれる確率が高そうだ。

「気負わない」「テンションを高めない」――これが基本。

「センテンスは短く」

【2】タモリさんの雑談センテンスは「短い」

改めて冒頭のしゃべりを見てみよう。

タモリ:「今回は横浜に来ています」
近江アナ:「海も穏やかですね」
タモリ:「今日は、穏やか。本当に珍しい」
近江アナ:「珍しいですか?」
タモリ:「近江ちゃんのおかげですよ……」
近江アナ:「そうですか」

言葉だけ抜き出したら、まるで小津安二郎監督の名画「東京物語」における笠智衆、原節子の会話のようだ(少し言い過ぎか?)。短いやり取りだからこそ、言葉の裏にある互いの意図や感情を読み取ったり共感しあったりできる。

「センテンスは短く」これがポイント。

「雑談の構図」はシンプルが一番

【3】話を聞く側(ここでは我々視聴者)が、話題の登場人物の立場や役割を即座に思い浮かべられるよう「雑談の構図」はシンプルが一番

(しつこくて恐縮だが、番組冒頭シーンを……)

タモリ:「今日は、おだやか、本当に珍しい」
近江アナ:「珍しいですか?」
タモリ:「近江ちゃんのおかげですよ……」
(スタッフ爆笑)
近江アナ:「そうですか」
タモリ:「前のアナウンサー、なんといったかなあ……」
近江アナ:「桑子……先輩!?」
(スタッフ爆笑)

私たちはタモリさんの、たったこれだけの短い会話から、タモリさんを含む4者の構図を容易に把握することができる。4者とは以下の4組をいう。

(1)近江アナ=先輩から<重いバトン>を受け取り、ドキドキしながらもけなげに頑張る若き女子アナ……応援してあげたい

(2)桑子アナ=しばしば雨風にたたられながらも、笑顔で乗り越えて無事卒業! スタッフ受けも良かったんだろうなあ!

(3)スタッフ=雨風いとわず熱心に仕事する人たち! とはいえ、本音では、晴れて、あたたかな日の撮影がうれしいんだろうなあ……タモリさんの予言通り近江さんが<晴れ女さん>でありますように……

そして、(4)タモリさん

その場に居合わせたわけでもなんでもないのに、勝手に想像をたくましく巡らせてしまう。

「雑談の構図」はシンプルが一番。

すぐれた雑談とは、こういうものらしい。

[2016年6月2日公開のBizCOLLEGEの記事を再構成]

梶原しげるの「しゃべりテク」」は木曜更新です。次回は6月16日の予定です。
梶原 しげる(かじわら・しげる)
1950年生まれ。早稲田大学卒業後、文化放送のアナウンサーになる。92年からフリーになり、司会業を中心に活躍中。東京成徳大学客員教授(心理学修士)。「日本語検定」審議委員を担当。
著書に『すべらない敬語』『そんな言い方ないだろう』『会話のきっかけ』 『ひっかかる日本語』(新潮新書)『敬語力の基本』『最初の30秒で相手の心をつかむ雑談術』(日本実業出版社)『毒舌の会話術』 (幻冬舎新書) 『プロのしゃべりのテクニック(DVDつき)』 (日経BPムック) 『あぁ、残念な話し方』(青春新書インテリジェンス) 『新米上司の言葉かけ』(技術評論社)ほか多数。最新刊に『まずは「ドジな話」をしなさい』(サンマーク出版)がある。

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