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若手社員が最も違和感のあるマナー

「R25デジタル版」が掲載したアンケート調査「新人が『必要ないのでは』と思うビジネスマナーTOP10」を見て、「ええ!?」と思わず声を上げてしまった。入社3年以内の男女200人を調査した結果、「もっとも違和感のあるマナー」のトップが、「始業5分前にはデスクについている」だった。

文字どおり解釈すれば「報酬が発生する時間より5分前に会社の机の前に座っている」となるが、実際には「時間を守りましょう」「余裕を持って仕事をスタートさせましょうね」とほぼ同義だ、と私は考えていた。だが、そうでもないと考える若い人が結構いるということらしい。

かつてなら仕事始めの基本的態度として、一般的に理解されていたマナーが、「時代遅れだ」「違和感たっぷりだ」「意味ねえ!」「不要だ!」「うんざりだ」散々な評判だ。

「ビジネスマナー・ワーストワン」に一票を投じた「怒りにも似たコメント」は、例えばこれだ。

「本来なら始業開始時間から勤務開始すべき(26歳・男性)」
「新人教育といって、こき使うのは悪しき風習だ(27歳・男性)」

「自分のための時間と会社のための時間を明確に分けたい」――これはこれで「正論」とも言える。

新入社員のためを思って、あわや「ブラック企業」に

2年前、ネットニュース編集者の中川淳一郎さんが週刊新潮に寄稿した「良い訓示が大炎上の顛末」からも、「自分の時間」と「相手の時間」をめぐる葛藤が垣間見られる。

それによれば、ライフネット生命の岩瀬大輔社長がご自身のブログに「(新入社員は)毎朝、定時より30分前に出社し新聞を読もう~」との「提案」をアップした。すると「サービス残業を強制するのか!」「新聞なんて旧世代の遺物だ!」という批判が殺到したという。

「始業時間前の30分を、自分磨きのひと時に使いましょう!」(?)という"お勧め"が、旧世代からの押し付けと受け止められ、「ブラック企業」の烙印(らくいん)を押されかねない事態が発生したらしい。

(写真:PIXTA)

(写真:PIXTA)

新入社員にしてみれば、「自分の時間に、赤の他人(雇用主?)が報酬も支払わずとやかく言うな!」といったところだろうか。「自分の時間」「相手の時間」をきっちり区別したいという考えがあることは理解できるが……。

「時間を守る、遅刻をしない」

しかし「仕事を円滑に進ませる」「人生を円満に過ごす」ためには自他を超えて大事にしなければならない大原則がある。それは「時間を守る、遅刻をしない」だ。

思わずがっくりするほど当たり前の心得だが、これを某出版社の役員は毎年4月入社の新入社員にていねいに語りかけると聞いたことがある。これじゃあ子供扱いではないかと感じたが、これこそが「働く基本」として出版界の将来を担う若者にたたき込みたいらしい。

出版業界に"偏見"を持って入社されたらとんでもないことになる。彼は危惧するのだ。

「……(出版社の)社員はファッション雑誌に登場しそうな、いかにもクリエーティブっぽい連中が、昼過ぎテキトーに出社……よく言えば豪放磊落(らいらく)、悪く言えば無頼(ぶらい)な作家と打ち合わせもそこそこに夜の飲み屋をどこにするかで侃侃諤諤(かんかんがくがく)、喧々囂々(けんけんごうごう)……(想像力が乏しいなあ……)」

遅刻の1回や2回、ガハハと笑って許してくれる「懐の大きなやからの巣窟」が出版社だと、とんでもないいうイメージを持ったナイーブ(バカだという意味)な人がいたら大変だとの懸念かららしい。

実際には人気作家ほど、自分にはもちろん、相手の時間に対してもシビアーだそうだ。一般に、時間にだらしがない人の人気は長く続かない。

彼は具体的な名前を挙げて話を進めた。

「世間の常識を逸脱した、型破りな世界を描く人気作家の成功の秘訣が、締め切りをきちんきちんと守る律儀さだと実感することが多いものです。大作家と言われる大御所は、ほぼ例外なく、約束の場所へ、20分、30分前には到着されます。個性的なのに気配りがある。こういう方のお相手をする編集者が遅刻でもしたらとんでもなく失礼ですよ」

「時間なんかどうでもいい」でうまくいく業界はない

「仕事の第一歩は時間を守ること」

確かに大事だ。すなわちご紹介したビジネスマナーのワースト1位「始業5分前にはデスクについている」との態度は、おじさんたちにとっては、今でも仕事をしくじらない「ベストワンのビジネスマナー」なのだ。

放送業界でも同じことが言える。「時間にルーズな人気芸能人」は「天才漫才師・横山やすしさん」以外、寡聞にして知らない。

大先輩でだいぶ前に亡くなった元フジテレビの大物司会者、逸見政孝さんは、ロケの時、誰よりも先に現場に到着することで有名だった。「後からノコノコ顔を出すなど、重い機材を持って来られるスタッフの皆さんに失礼だ」を信条としていた。

(写真:PIXTA)

(写真:PIXTA)

ところがスタッフはスタッフで「主役より遅れたら申し訳ない」と、逸見さんより早く現場入り。

「いやいや、私が後からノコノコなんて、とんでもない」と、次のロケで逸見さんはさらに早く現場入り……これの繰り返し。

結果的に逸見さんのロケスタート時間がどんどん早まった、という話を、長年逸見さんを担当したスタイリストから聞いたことがある。「伝説」ではなく「事実」だと他の局員も言っていた。「時間を守る」「早く準備する」ことが逸見さんの人望を集め、その後の人気につながった。

ちなみに、ちゃらんぽらんな芸風が人気な売れっ子タレント(例えば漫画家の蛭子能収さん)が楽屋入りする指定された時間に「ちゃらんぽらんで遅れた」なんてことは決してない。少なくとも私がご一緒した数年間は皆無だった。

たまたま一部業界の話を引き合いに出したが、「時間なんかどうでもいい」で、うまくいく職場や業界は想像できない。

人の印象は「電話のベルの回数」に左右される

今や目的地への最短最速の道を案内してくれる「ルート検索アプリ」の需要は高まるばかりだ。ただし頼りすぎは危険だ。「これなら間に合うギリギリ」の設定をすると、突然の鉄道や道路状況の変化に対応できないから、かえって遅刻して相手に迷惑をかけることがある。

遅刻防止の切り札が仇(あだ)となることもあり得る。そうならないため、設定時間を30分程度早めることをお勧めしたい。

ちなみにR25の調査で「意味がない、合理性に欠けるビジネスマナー」の第2位に「電話のベルは2回までで出る」がランクインしている。これも「相手の時間を守る」ことにつながる大事なポイントなのに……。

「納得がいかない」と回答した一人は「電話にばかり気を使っていられない(25歳・男性)」と「反発する理由」を挙げている。

確かにスマホならまだしも、手元から離れた卓上電話の呼び出し音が鳴ったからといって、2回で受話器をとるには相当な集中力が必要だろう。「他にやるべきことがあるのに、電話ばかりにかかずらわっていられない」という気持ちも理解ができる。

「コールが何回だろうと、出れば一緒じゃないか!?」

旧態依然としたビジネスマナーの、こだわりと押し付けに、腹を立てたくもなるだろう。しかし電話をかけた「あちら側」からすれば、たった2回のコールで「お待たせしました!」と出る会社は好印象だ。

一方、電話の向こうでコールが虚しくなり続け「こりゃダメだ。もう切るか!」と思ったところで「お待たせしました」とノーテンキな声が聞こえてきたら、さぞやイラっとくるだろう。ビジネスに極めて悪い影響が出てきそうだ。

人の印象は「たかが電話のベルの回数」に左右される。

一見、形式的で、時代遅れで、非合理的な印象で、違和感が鼻につき「意味ないんじゃーん??」と声をあげたくなるビジネスマナーも、「そうバカにしたものでもない」とR25の調査を見て感じた。

[2016年5月26日公開のBizCOLLEGEの記事を再構成]

梶原しげるの「しゃべりテク」」は木曜更新です。次回は6月9日の予定です。
梶原 しげる(かじわら・しげる)
1950年生まれ。早稲田大学卒業後、文化放送のアナウンサーになる。92年からフリーになり、司会業を中心に活躍中。東京成徳大学客員教授(心理学修士)。「日本語検定」審議委員を担当。
著書に『すべらない敬語』『そんな言い方ないだろう』『会話のきっかけ』 『ひっかかる日本語』(新潮新書)『敬語力の基本』『最初の30秒で相手の心をつかむ雑談術』(日本実業出版社)『毒舌の会話術』 (幻冬舎新書) 『プロのしゃべりのテクニック(DVDつき)』 (日経BPムック) 『あぁ、残念な話し方』(青春新書インテリジェンス) 『新米上司の言葉かけ』(技術評論社)ほか多数。最新刊に『まずは「ドジな話」をしなさい』(サンマーク出版)がある。

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