ご当地ジンギスカン おいしさの背景に「富国強兵」?
気温の上昇とともに、ビールが日に日においしくなる。熱々に焼けた肉をほおばりながら、キンキンに冷えたビールをぐびぐび…。ジンギスカンの季節、到来だ。
ジンギスカンというと北海道のイメージが強いが、実は「ジンギスカンシティー」は全国各地に点在する。「わがまちのジンギスカンこそ元祖」と声を上げるところも少なくない。
点在の一因は、明治維新に伴う日本の洋装化にある。軍や警察、鉄道などの制服素材としてウールの需要が急増、政府は全国に羊毛生産を呼びかける。そして、羊毛生産地には羊肉食文化が定着する。
長野県長野市信州新町のジンギスカンも羊毛生産がルーツだ。
国道19号線沿いには、ジンギスカンを提供する店がずらり並ぶ。その中の「元祖」を看板に掲げた店ののれんをくぐる。
すりおろしたりんごがたっぷり入ったたれに漬け込んだ肉をジンギスカン鍋で火にかける。十分に味が染みているので、焼けたらそのまま口に放り込む。とても柔らかい。ほんのりりんごの甘さ。ニンニクの香りが食欲をそそる。
長野県は北海道と並ぶ「ジンギスカン県」。南信・飯田市の遠山郷も羊毛生産をルーツに持つジンギスカンシティーだ。
遠山ジンギスカンの特徴はジビエ。山深い土地柄だけに、羊に限らず、イノシシや鹿なども焼かれる。「シシジン」「シカジン」など略称で呼ぶのが地元流だ。
珍しいのが「鳥もつジン」。もちろん鳥肉の「とりジン」もあるが、鳥もつまでジンギスカンにしてしまうところが遠山らしい。キンカンが見た目のいいアクセントになっている。
都心から気軽に行けるジンギスカンシティーは、千葉県成田市の三里塚だ。同地には皇室のための御料牧場があり、そこでウール生産用に羊が飼育されていた。
広大な牧羊地は、後に新東京国際空港の一部に転用されるが、現在でも、羊肉専門店、ジンギスカンを食べられる店が残っている。
もともと羊毛生産者団体の事務所だった建物が、いまジンギスカン店になっている。土間のテーブルには穴が開いていて、そこに炭火の七厘を入れ、スリットの入ったジンギスカン鍋をのせて肉を焼く。
余分な脂がスリットから炭にしたたり落ち、猛然と煙を上げる。適度な脂が、ビールのおかわりを誘う。
一方、戦前の旧満州から持ち帰られたのは、岩手県遠野のジンギスカンだ。
中国東北地区では羊肉を食べる習慣があり、そのおいしさに目覚めた人たちが帰国後、家庭で羊肉を食べるようになる。
国道沿いの店で「上ラム」を食べる。
焼く前、まず、生肉の美しさに見とれる。火にかけてなお、肉の美しさが視覚を刺激する。
目に映る「美」は、口の中で「美味」へと変わる。
七厘の代わりにバケツを使うのも、遠野ならでは。
ジンギスカンを語る上で、北海道を外すわけにはいかない。札幌の人気店はつけダレで食べる。
たっぷりのタマネギの間で肉を焼く。シンプルな構成は、食材に対する自信の表れでもあるのだろう。
漬け込みダレのジンギスカンは、東京にも支店がある。
しっかり味が染み込んだ肉を焼き、そのまま口の中へ。食べ方がシンプルな分、野外でのジンギスカンに向いている。左手にジョッキ、右手に箸で、鍋を囲む。
野外ではたっぷりの漬け込みダレを捨てながら肉を焼くのだが、タレごと鍋物にしてしまうのが名寄の「煮込みジンギスカン」だ。
鍋に野菜や豆腐など食材をすべて投入して煮込むため、主婦の「カンタン晩ご飯」として定着したのだという。シメのうどんまで、食べ始める前に入れてしまう。
まちの歴史やくらし、気候などを映し、それぞれに「らしさ」を発揮する各地のジンギスカン。「どこが元祖か?」なんて問いは、無粋というものだろう。
(渡辺智哉)
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