変わりたい組織と、成長したいビジネスパーソンをガイドする

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著者のジョン・P・コッターはハーバード・ビジネス・スクール名誉教授で変革のマネジメントやリーダーシップ論の世界的権威です。いかに企業変革を成功に導くかについて論じた本書の中でコッターは、現状満足や自己肯定が変革を妨げると繰り返し警告します。

ローランド・ベルガー 執行役員シニアパートナー 平井孝志氏

ローランド・ベルガー 執行役員シニアパートナー 平井孝志氏

これは、変わることへの抵抗がとても大きいことを意味しています。変革を成し遂げるには、まずその必要性を認識することが必要です。

ただ、変革への抵抗は組織の至る所に存在します。例えば自社の業績低迷に対し「しかし、他社も低業績ですよ」「しかし、我々も改善しつつありますよ」といった「しかし」の付いた発言が多ければ、それは問題から目をそらす企業文化の表れです。「景気が良くなれば」など「れば」の付いた発言が多ければ他人頼みの組織であることを意味します。このような組織では問題を自分自身の中に見いだせず、変革は始まりません。

また、大規模なコスト削減プロジェクトに取り組む中、役員がマホガニー製のテーブルのある見事な会議室で打ち合わせをし、ファーストクラスで出張をしているようではうまくいくはずがありません。変革への抵抗は行動によっても組織内に広がってしまいます。

このような状況は過去の成功が生み出します。企業は社員、特に管理職に対し、それまでうまくやってきたことを守るためのマネジメントを要求するからです。マネジメントとは、計画立案や実行に向けた組織化、コントロールといった側面を強く持ちます。確実性と秩序を築き上げる原動力であり、日々の組織運営には必要不可欠です。

しかし、変革にはそれとは違う力が必要になります。危機意識を醸成し、変革の方向を示し、人材を整列させ、行動に駆り立てる原動力です。コッターは、それこそがリーダーシップだと言います。リーダーが現状満足を打破し組織を目覚めさせることが企業変革への第一歩となるのです。

ケーススタディー 経営陣をいかに巻き込むか

企業変革の第一歩は、危機意識を生み出すことです。これがないと何も始まりません。それは必ずしもトップマネジメントだけにできることではないとコッターは言います。コッターは本書の中で、ある大手旅行サービス企業の中間管理職Aさんの事例を取り上げ、ミドルアップダウンでうまく危機意識を生み出した過程を紹介しています。

Aさんは、次第に競争力を失いつつある自社に対して危機意識を持ち、変革の必要性を感じていました。ただ当然のことながら、自分一人では変革を実現できないことも理解していました。

そこでまず最初に行ったのは、トップマネジメントに危機意識を共有する試みです。そのための武器は冷徹なファクトでした。Aさんは、時間をかけ、経営陣に対して自社が競争力を失いつつあるというデータを常に示し続けました。

2つ目のアクションは外部を活用することでした。ある製品の販路拡大の任務についていたAさんは、その立場を利用して外部コンサルタントを雇う口実を作り、プロジェクトを開始します。そして、プロジェクトの範囲を拡大解釈し、自社が直面する幾つかの基本的問題に取り組まない限り、自身の任務のみならず、自社の将来も危ぶまれるということを示したのです。

3つ目のアクションは、その刺激的な提言内容をうまく活用し、経営陣の中で議論を巻き起こしたことです。つまり、ある意味コンサルタントを悪者にしつつ、経営陣が自問自答をする機会を作り出したのです。Aさんは問い掛けます。「本当にこんな問題が存在しているのか、確かめるべきですね」「Bさん、Cさんはこの報告書どおりだと同意していたけど、皆さんはどうでしょう」といった具合です。

Aさんは外圧も巧みに利用しながら、自社を変革に導く危機意識の創出に成功していったのです。通常の場合、経営陣全員がまったく危機意識をもっていないケースはほとんどないとコッターは主張します。多くの場合、経営陣の20%から30%程度は、自社が潜在能力いっぱいまでの業績を上げておらず、何らかの打ち手が必要だと認識しているものだそうです。中間管理職が変革に向けた危機意識を全社的に共有していくためには、同じような問題意識を持っている経営陣をできるだけ早く巻き込むことが肝要になるのです。

現状に決して満足しないトヨタの強み

企業組織の中に常に危機意識が存在している企業は、企業変革を継続的に行うことができます。その際たる例はトヨタ自動車でしょう。トヨタはどれだけ好業績を出そうとも、危機感を持ち続けています。

過去最高益を出した2014年度の決算発表でも、「今年はトヨタが持続的成長に向けた歩みを着実に踏み出すのか、それとも、これまで積み重ねてきた努力にもかかわらず元に戻るのか、大きな分岐点になる」と発破をかけていました。

2016年度は円高により減益を見込むものの、1兆7000億円の営業利益を生み出す予定です。それでも、トヨタ内にあるのは健全な危機感です。

その背景には、販売台数の頭打ち感、コストの増加基調が挙げられます。これらの課題に対して、中国新ラインの設置やメキシコ新工場、グループの事業再編など、次々と施策を打とうとしています。TNGA(トヨタ・ニュー・グローバル・アーキテクチャー)と呼ばれる自動車開発の新たな手法構築という大きなチャレンジにも果敢に取り組んでいます。

目前の業績に一喜一憂するのではなく、予兆が見え隠れする将来の危機に対して警告を発しつつ、常に高い目標を設定し、それを目指す事で、社員が現状満足の渦にのみ込まれないようにしているのです。

また、トヨタ自動車の事務所は、世界一の自動車メーカーにしては質素です。豊田社長は作業着を愛用し、決して華美な振る舞いで成功を誇示するようなことはありません。ムダを厳しく排除するトヨタの文化が体現されていると言えるでしょう。

トヨタには「バッドニュースファースト」という文化も根付いています。問題があればそれを罰するのではなく、問題の真因を突き止め、カイゼンを行う企業文化です。トヨタ生産方式の中のアンドン(異常発生を瞬時に知らせる仕組み)もその表れの一つです。こうした取り組みもトヨタが現状満足に陥らないための助けの一つとなっているのです。

危機感を持ち続けるための9つの取り組み

では、現状満足に陥らず、危機感を持ち続けるにはどうしたらよいのでしょうか。コッターは具体的に9つの取り組みが有効だと主張します。

(1)業績上の問題、競合他社の優れた点など、自社にとっての課題を早め早めに見える化する

(2)ぜいたくの象徴(豪華な役員フロア、保養施設など)を廃止する

(3)通常の努力では達成が難しい高い目標を設定する

(4)各部門に閉じた目標ではなく、各組織の目標を企業全体の業績向上に結びつける

(5)組織の隅々まで、自社の課題に関する情報をしっかりと提供する

(6)顧客、供給業者、株主などに接触する機会を増やす

(7)経営陣の中でより正確な情報把握や率直な議論を促すために、外部の活用も考える

(8)「すべてうまくいっている」というメッセージ発信をやめる

(9)将来の希望を示し、社員の自覚を促す

一つ一つの項目はそれほど難しくないようにも思えます。しかしながら、多くの企業はこれらを実践できていないのも実情です。これらを実行していくためにはリーダーシップの発揮が重要になるのです。

また、自社の危機意識が十分に高まっているかどうかを確認することも必要でしょう。そのためのシンプルな方法は、顧客、供給業者、株主等に、外から見て自社がどう見えるかを尋ねてみることです。彼らが、危機意識を持っていなさそうだと言うのであれば、おそらくその通りの状況にあると考えたほうがよいと言えます。

平井孝志(ひらい・たかし)
ローランド・ベルガー 執行役員シニアパートナー
東京大学教養学部基礎科学科第一卒、同大学院理学系研究科相関理化学修士課程修了、マサチューセッツ工科大学(MIT)スローンスクールMBA(経営学修士)。学術博士(早稲田大学)。ベイン・アンド・カンパニー、デル、スターバックス、ネットベンチャーを経て現職。消費財、ハイテク、グリーン関連業界など幅広い業界において、中期経営計画・ビジョン策定、営業・マーケティング戦略策定、組織改革などの支援をおこなう。早稲田大学ビジネススクール客員教授、慶應義塾大学特別招聘教授を兼務。

この連載は日本経済新聞火曜朝刊「キャリアアップ面」と連動しています。

(2)変革はカリスマのみでは成らず 従業員全員をエンパワーする >>

企業変革力

著者 : ジョン・P. コッター
出版 : 日経BP社
価格 : 2,160円 (税込み)

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