塩も砂糖も大好き、甘じょっぱい東北 その逆はどこ?
すき焼き(2)
テーマはすき焼きに移ったというのに「甘味処」で書き足りなかった方が多いらしく、メールは「甘いモン」に関するものが依然多数を占めている。
前回のテーマを引きずりつつ新しいお題でも書き進めるというのがこれまでのスタイルなので問題はないのだが、甘いモンばっかりでは体に悪い。少しは野菜や肉や豆腐も食べた方がいいのではないだろうか。
こだわって申し訳ありませんが、個人的にタマネギ入りすき焼きはどうも考えにくいのです。牛野家の牛丼みたいになりませんか?
紅ショウガがほしくなりませんか?
ガラスケース開けて漬物の皿かなんか取り出したくなりませんか?
でも広島や島根、つまり中国地方ではポピュラーなんでしょうね。おいしいのかなあ。
ジャガイモは事前にふかすかゆでるかしておくんでしょうね。でないと、いつまでも煮えないし、ほっくほくにもなりにくい。ジャガイモというアイテムはVOTEの項目を考えるときに一応頭に浮かんだので入れておきましたが、まさかいきなりメールで登場するとは思いませんでした。半分冗談のつもりだったのです。この分だと私の想像をはるかに超える物件がいくつも現れるでしょう。
「すき焼きにはタクアン」とか「フランスパンをちぎって入れるぞ」とか「インスタントラーメンは必須」とか。何だかVOTEをするのが怖い。
おっと、またジャガイモです。そーかー、ジャガイモもタマネギと並んで私の知らないところで愛の対象になっていたのですか。コンチャンさんは「母の肉ジャガからのアレンジか」と書いておられますが、これは間違いなくすき焼きのふりをした肉ジャガです。
当日はまだいいです。しかし、翌朝になって鍋をのぞくとジャガイモが煮崩れ、タマネギの全身から力が抜けてクターっと肉片に絡みついていたりしたら「昨日までは確かにすき焼きだった」といくら主張しても誰も信じてはくれないでしょう。「すき焼き作ったつもりなんだよ」と繰り返せば「素直に肉ジャガだって言えばいいのに」と思われるだけでしょう。
てなことはないでしょうが、少なくとも私はジャガイモ入りすき焼きは食べたことがありません。今度、自宅でやってみます。でも家族が何と言うか。特にカミサンが……。
さすが京都です。「たべもの起源事典」によると、江戸前期の「料理物語」(1643年)という本に「鶏肉のすき焼き」が出てくるのだそうです。鉄鍋で鳥皮を炒め、次に鶏肉、たまり醤油、セリ、ネギを加えたものです。なんか、もうすぐmisojiさんが食べたものと似ていますね。古式ゆかしいすき焼きを召し上がったんではないでしょうか。
それにしても上司の誘い方がいいですね。「すき焼きをするからどうだい」の「どうだい」のところがロマンスグレーっぽくてすてきです。今度使ってみます。「神田に新しい立ち食いそば屋ができたんだけど、どうだい?」とか。
ここで三林京子さんの「ああ書けば、こう食う」をのぞく。
私が大分で食べた「りゅうきゅう」と似たものを彼女は愛媛で食べたのだそうだ。でも名前は違っていた。しかも溶き卵つき。それで自宅でもいろいろ工夫して「京子風りゅうきゅう」を食べまくっているらしい。作り方が書いてあるが、唾ごっくんものである。即真似できる簡単レシピがありがたい。
という一方で、彼女がすき焼きを嫌いになった経緯は笑えない。女優というのも大変な仕事ではある。焼き芋もまたしかり。
前回「北海道十勝のごましおあんむすび」を紹介したら山梨の富士山ろくに住むGAJIGAJIさんから「形は違いますが、こちらではおはぎのバリエーションのひとつです。すしのしゃりを大きくしたというか、巨大なお蚕さんの繭のようです。ゴマ塩の代わりに黄な粉をまぶすバリエーションもあります」というメールをいただいた。「巨大なお蚕さんの繭のよう」という例えが信州している。
おはぎというのは普通、もち米のかたまりの周囲をアンコで包んだものだと思っていたが、すしの裏巻きのように、あんこを入れたもち米団子も「おはぎ」と言うのだろうか。いや、事実言うのだろうが、甘い物を食べない私としてはこれ以上の深追いは避けたいところである。
いまや当食奇行沖縄担当の感がある沖縄チャンポンさんから「沖縄のおにぎりは甘い」という意表を突くメールが来て困っている。甘味から離れたいのに「甘いおにぎり」情報などもらった日にゃー、触れないわけにはいかないではないか。
「といっても、おにぎりに甘いあんこが入っているわけではありません」。ああ、よかった。「沖縄の特徴的なおにぎりの中身にアンダンスー(油味噌)があります。これは豚の三枚肉の細切りを味噌、砂糖、油で炒めたものですが、これがかなり甘いのです」。アンダンスーはご飯もの沖縄チャンポンの味付けにも使われている。確かに甘い。
「外見は普通の海苔を巻いたおにぎりですが、一口ほおばると『あっ、甘い!』のです」。「あっ、甘い!」がリアル。で、それだけ? 「実は妻は沖縄出身なのですが、私が甘いおにぎりを非難したところ、甘い卵焼きの方が気持ち悪いといわれて返り討ちにあってしまいました」。その結果でもあろうが「今でも我が家の卵焼きは塩味です」。
夫婦の力関係まで思わず明らかになってしまう一文である。書き出しの「沖縄のおにぎりは甘い」という文章と、文末の「我が家の卵焼きは塩味である」というくだりが美しく対応している。その媒介項が「返り討ち」。文章構造上は「甘み」から「塩味」へのみごとな「返り」かたである。それにしても沖縄チャンポンさんは今なお許してもらっていないのだろうか。いつになったら甘い卵焼きを食べさせてもらえるのだろうか。
それはさておき、沖縄については「チャンポンは麺類ではない」「甘いおにぎりがある」という事実に加え「すき焼きが独特ではないか」との疑惑が浮上している。今回の調査でその点が明らかになることを期待する。沖縄に観光に行っても、なかなかチャンポンやおにぎりやすき焼きは食べないものである。ガイドブックでも紹介されることは少ない。この連載をやらなかったら、私もそういったことを知らないまま人生を送ったことだろう。北海道の甘納豆入り赤飯も同様である。
名古屋では朝食として愛されている事が確認された「小倉トースト」。
甘味処と砂糖の関係は大事な視点です。NHKの塩田さんが、毎日新聞社から出ている『県民性大解剖「隣り」の研究』(1996年)の関連部分を教えてくれましたので紹介します。
「東日本では塩と砂糖が相関関係を示す傾向がある。(中略)塩でトップの長野市は砂糖も一〇.七キロと全国六番目。秋田、山形など塩の消費量の多い都市は砂糖の消費量も全国平均を上回る」。
この本は7年前のものだからデータがやや古い。そこで平成13年の総務省家計調査の数字を見てみました。
ブロック別だと塩の1世帯当たりの年間購入量が一番多かったのは「東北」の4.47キロ。その東北は砂糖を10.2キロ買っており甘味の方でもトップでした。甘納豆赤飯があり甘い茶わん蒸しが存在しあんバターパンが人気の東北が強いですね。つまり東北は究極の甘辛地帯なのです。
甘納豆赤飯発祥の地、北海道は塩が3.68キロで4位、砂糖も8.57キロで4位。東北と北海道に関して言えばはっきりと塩と砂糖が相関関係を示していると言えます。
意外だったのは沖縄です。塩が約4キロで3位なのに砂糖は5.7キロで最下位の10位。砂糖は東北の半分近くしか買っていないという結果でした。家庭の料理はあまり甘くないということなのでしょう。
逆に塩を最も買っていないブロックはどこだと思いますか? 近畿なのです。約2.3キロで、これは東北の半分です。東北の場合は漬物での消費が多いようですが、なるほど近畿ではそんなに漬物を食べません。奈良漬はむしろ甘いし、京都の漬物も塩辛い物は少ない。近畿は減塩地帯だったようです。
さて、テーマがすき焼きなので、塩ではなく砂糖の方に注意しましょう。一部重複しますが家計調査から購入量の多い順にブロックを並べます。
東北、九州、中国、北海道、四国、近畿、東海、北陸、関東、沖縄。
皆さんがお住まいの地域の甘味度はいかがでしょうか。これとすき焼きへの砂糖投入量の関連が見えてくると面白いのですが。
塩田さんがこの本を探したのは「宮崎の人の中には刺し身醤油に砂糖を入れる人がいる」といううわさを確認したかったためです。文中に、
「刺し身じょうゆに砂糖を入れる人もいる。京都風の薄味で売る料亭が『味が付いていない』と客に言われ、濃い味に変えてしまったこともある」と宮崎保健所の酒元誠治管理栄養士は苦笑する。
というくだりがあって、それを読んだ塩田さんは「胸のつかえがとれたような気になりました」と言っていました。
さてVOTE(すでに終了しています)。今回はチェック項目が非常に多い。設問は「あなたが定番と思うすき焼き(北海道の肉鍋を含む)にはどんな具が入っていますか」である。思いつく具材をずらっと並べるので、いくつでもマークしてほしい。「肝心なあれが入っていない」と怒る人もいるかもしれないが、その場合には「その他」のところに書き込んでいただくとありがたい。
都道府県の選択は自分が定番と思っているすき焼きを現住所で食べている人はその都道府県をマーク。転勤や結婚で住まいが変わり、夫婦の力関係もあって心ならずも「これじゃないのになあ」というほろ苦い思いですき焼きを口に運んでいる人もいるだろう。そういう人は「自分が納得できるすき焼きを食べていたところ」を選択していただくことになる。
(特別編集委員 野瀬泰申)
[本稿は2000年11月から2010年3月まで掲載した「食べ物 新日本奇行」を基にしています]
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
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