すき焼きに何入れる? 麩、豚、大根…意外なもの続々
すき焼き(1)
今回からテーマは「すき焼き」に移る。
いきなりクイズ。すき焼きを食べるとき器に生卵を入れるが、このやり方は関東起源か関西起源か。
関西である。
第2問。「すき焼き」という言い方は関東起源か、関西起源か。
関西である。
「すき焼き」はもともとハマチなどの魚を鋤(すき)や貝殻で焼き、醤油、大根おろし、唐辛子で食べた関西独特の「魚すき」から出た言葉で、関東大震災後に東京に伝播して東京の「牛鍋」という言い方にとって代わった。同時にそれまで煮込み式だった牛鍋が関西風の焼き肉式に変化した。
以上は岡田哲編「たべもの起源事典」(東京堂出版)の受け売りだが、この事典には「関東のすき焼きは醤油、砂糖、味醂で調味した牛肉にネギ、タマネギ、シイタケ、春菊、白滝、焼き豆腐を入れて煮込む」とある。個人的には東京の典型的なすき焼きにタマネギが入っているのが意外だが、みなさんのところではどんな具を入れておられるのだろうか。
すき焼きに何を入れるかなんて大した問題ではないかもしれない。しかし、ときには事件を起こす。
関西のある街の、とある料理屋で事件は本当に起きた。その店である日、ランチを出すことにした。メニューの中に「すき焼き定食」があった。板長が試作品を店主に見せた。「何やこれ」。根っからの関西人である店主はすき焼きの中身を見て目をまんまるにした。
紅白かまぼこが入っていたからだった。「すき焼きにかまぼこみたいなもん入れたらアカンやないか」。店主は言った。数日後、本番のランチタイムが始まった。ところが、板長が作ったすき焼きにはやはり紅白かまぼこが入っていた。
店主は近所に住むおっさん(私です)に聞いた。
「あんたとこのすき焼きに入れるもん言うて、すぐ言うて」
「すぐですか? いまトイレに行こうとしてたところ……」
「そんなもん、あとでなんぼでも行かしたるさかい、すぐ言うて」
「ええと、白菜にーネギにーしらたきにー椎茸でしょっ、それとー焼かない豆腐にー春菊かな。肉は牛です」
「そやろ? そやろ?」
「そやろって、何がそやろなんですか」
「紅白かまぼこ入れへんよねー」
「九州のおでんにかまぼこが入っているのを見たことがありますが、すき焼き業界でそんな物件は知りませんね」
「やっぱりなあ」
暫くすると、あの板長の姿が店から見えなくなった。無論、このことだけが理由ではなく、おっさんも以前から板長の料理にイマイチ感を覚えていたので、遅かれ早かれそうなったのだろうが……。
板長は中部地方の出身だった。その地方に、あるいは彼の母親に「すき焼きには紅白かまぼこ」という強固な概念があったのだろう。「かまぼこが入らないすき焼きなんてうまいはずがない」という信念を持っていたのかもしれない。いずれにせよ板長は自分が信じて疑わないすき焼きに固執した結果、関西では「何やこれ」の評価を受けてしまったのだった。これが大衆食堂なら事情は違っただろうが、有名人もよく顔を出すような味にうるさい店だったから「まあええやろ」にはならなかった。
では、仮に「すき焼きには大根」で育った関西出身の板長が博多の店で大根入りすき焼きを出したら店主は何と言うだろうか。「あんた、なんばしよっとね。すき焼きに大根やらいれてから。おでんじゃなかとよー」という結末になるのではないか。
というように、すき焼きには頑強な「食の方言」が隠れているので、注意を怠ってはいけないのである。関東の人と関西の人が結婚して初めて晩飯にすき焼きが登場したと仮定しよう。
割り下を入れるか否かでお話し合いが持たれる可能性が高い。砂糖ドバドバか砂糖チョコチョコかでちょっとした意見の対立が起きるかもしれない。普通はどちらかが譲って丸く収まるものなのだが、舅や姑の乱入という不測の事態が起きないとも言い切れない。
「麩」はうまいですね。東京生まれ東京育ちのカミサンはすき焼きに麩を入れるという気持ちも姿勢も持っておりませんでしたが、私はどっかで麩が入ったすき焼きを食べた記憶があったので、昨シーズンから近所のスーパーで「板麩」を買ってきては投入するようになりました。本当に薄い板状で相当固いものですが、これがじっくりとすき焼きの甘辛い汁を吸ってふわふわもちもちになってうまいのです。東北の方では「すき焼きに麩」は珍しくないのでは、と推測しています。
ここでデスク乱入 麩は「板」ではいけません。車麩でなければ。直径約9センチ、厚さ1センチのバウムクーヘンのようなやつで、たっぷりと汁を吸ったそのうまさときたら…。
「ちくわぶ」は説明が必要でしょう。と思ったのですが「たべもの起源事典」にも「近代日本食文化年表」にも「広辞苑」にも出てきません。「日本語大辞典」にわずかに「麩をちくわのようにして蒸した食品」という簡単な記述があるのみです。
こういう事典、辞典類に収録されていないのはもともと関東ローカルの食べ物であるからでしょう。関東ではおでん種として昔から極めてポピュラーです。でも関東以外の土地では「せっかく本物のちくわがあるのに、なぜわざわざ麩にちくわの格好をさせなければいけないんだ」という反応を呼びそうな物件です。でも、最近大阪のスーパーで紀文のちくわぶを見掛けましたので「ああ、あれね」程度で済むようになってきているのかもしれません。
今回のVOTEでは北海道の「肉鍋」をすき焼きの肉親として扱います。北海道在住の方、そのご出身の方は肉鍋イコールすき焼きとして投票してください。
(VOTEはすでに終了しています)
それにしても豚肉こそ肉というイメージに基づいたネーミングですね。先日、小社の社員食堂で「牛じゃが」という一品が登場しました。いわゆる肉じゃがです。でもわざわざ「牛」と断っているわけですから、意識下には「本来は豚を使うところではございますが、このたびは敢えて牛を使ってみました」と言っているのです。豚肉文化圏の名残でしょうか。
久保さんのメールには「豚肉に串を打った焼き鳥というのが私の田舎、室蘭市の名物(?)でして、肉の間に入っているものが豚肉」というくだりがあります。全国的にはネギが挟まっているのですが、室蘭と九州はタマネギのようです。日本の北と南で妙な符号がおきたものです。
沖縄のすき焼きはどうなっているのだろうか。読者から紹介していただいたサイトをのぞいてみると、すき焼きの写真が出ている。
洋食皿に野菜とチョップステーキ、春雨を煮たか炒めたようなものに目玉焼きがのっかっているのである。味付けまではわからないが、はっきり言って「これ何? ジンギスカン卵のせ?」という反応を惹起する物件である。以前紹介した沖縄風チャンポンにも驚き、かつそのうまさにびっくりしたのだが、もしこれが沖縄のスタンダードすき焼きなら、ぜひ食べてみたいと思う。沖縄からの情報をお待ちしています。
甘味系のメールが続いている。
甘味系メール6連発でした。渋いお茶かなんか欲しくありませんか。
瀬下さん、私の父は餅を焼いて砂糖醤油で食べるのが常でした。子供のころは餅というのはそうやって食べるもんだと信じて疑いませんでした。うちの子にもこの食べ方を伝授しましたところ、疑いもなく砂糖醤油焼き餅を海苔でくるんで食べております。申し訳ないことでございます。
「白熊」は偏食アカデミーの記念碑的物件です。隊員が発祥の地、鹿児島市・天文館に行きまして、その誕生の物語を取材してまいりました。かき氷に各種果物を突き刺したりのっけたりといった夏の喫茶店メニューです。現在は「ロイヤル」とか「丸永製菓」といった九州の地アイスメーカーがカップや棒アイスの商品を売り出しています。愛知県はどうか知りませんが、東京ではスーパー、コンビニで売っています。でも「白熊」に着目したのはさすがです。
「バタどら焼き」は参りました。以上。
玉井さん、それってやっぱりぜんざいですよ。でも中部太平洋側に同好の士がいるようです。
豊下さん、いつも専門的な内容のメールで勉強になっています。「茶の湯の発展が和菓子を発達させたという単純認識」に私もとらわれておりました。韓国の食器と喫茶の習慣との関係はどうなんでしょうか。朝鮮半島では長らく形式化された喫茶の習慣がなかったので食器の模様や意匠が発達しなかった。だから現在の食器が白一色だったりステンレス製なのだという意見をよく見聞きしますが……。
前回、九州の甘い醤油について触れたところ「茨城の住人」さんから「大分には年に6回くらい出張で行くのですが、あのおいしい魚にあの甘い醤油が許せませんでした。なぜこんなことをして食うのか不思議でならなかったのです」というメールをいただいた。
大変申し訳ないのだが先日大分に出張した際に「こんなこと」をしてしまったのだった。「りゅうきゅう」を食べてきたのである。
繰り返すと「りゅうきゅう」というのはサバやアジの刺し身に醤油をかけ、白ゴマと青ネギの刻んだものを散らした物件である。大分では居酒屋定番メニューであって、メニュー看板でも普通にみかける。「琉球」と表記したものも多い。
私が入った店はちょっと老舗っぽい家で、りゅうきゅうを注文すると「サバとシマアジがありますが」というのでサバを頼んだ。東京から来た流れモンでござんすと言ったら「そんなら関サバにしてあげよう」ということになって、クリスタルのような透明感を漂わせた関サバのりゅうきゅうを500円で食べることができたのであった。ただし、醤油は思ったより甘くなく塩味も控えめである。「うちのは醤油をだしでのばしてありますから」という答えだった。うまかった。
ついでだが、福岡県南部を地盤とする生協の醤油に「あまくち」というのがあった。成分表示をみると「砂糖」がしっかり入っている。瓶詰砂糖醤油である。もともと甘い九州の醤油の「あまくち」はどんなに甘いだろうとおもってなめてみた
が、その味の記憶をたどりながら「茨城の住人」さんだったら「こらー」と怒り出すに違いないと思ったのだった。
「くどいようですが、久保です」さんから、あっ、さっきの「肉鍋」の久保さんかあ。その久保さんからこんな写真が送られてきた。
中にあんこ、外は多分もち米、回りにゴマ塩。一瞬頭がくらくらした。あん入りおむすびのようで、しかしおはぎのようで「どっちだかはっきりしろー」物件である。久保さんは「味は確かにおはぎなのですが、昔、吉田戦車のマンガのネタにあった『逆おにぎり』(ご飯と梅干しの立場が逆転しているというマンガでしか表現できないシロモノ)を地でいってるなーと一人感激してしまいした」と書いている。
感激しているのは久保さん1人ではない。少なくとも私を入れて2人である。私はこの写真を見ながら、月餅を埋め込んだチャーハンを連想した。だって、デザート内蔵型主食なんだもん。チャーハンを食べ進んでいくと月餅にぶちあたる。途中から主食とデザートが「込み」で口に入ってくる……てなことがあっていいのかー。
米とあんこの関係で言うと、おはぎはOKでも、あん入りおにぎりはNG。それが普通の心理だろう。
おはぎだからあんこと(もち)米が合体していてもいいという了解が成立しているのであって、おにぎりはあんこを拒絶する。自分の了解の範囲を少しでも外れると人は「あちゃー」と思うのだが、場所が変わると了解範囲も微妙に違ってくる。
「所変われば…」というやつである。そこが面白いところであり、意外と食べ物の新製品なり創作メニューというのは了解範囲を意識的にずらしたものが多い。この物件が与える驚きの理由も、私たちの了解範囲を揺さぶるところにあるような気がする。
でも「北海道十勝」と銘打っているところが気になる。十勝では常識?
(特別編集委員 野瀬泰申)
[本稿は2000年11月から2010年3月まで掲載した「食べ物 新日本奇行」を基にしています]
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
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