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プロから学ぶ日本料理の基本

冷めても美味しいが基本 松花堂は温かく・弁当 京都「木乃婦」3代目若主人 高橋拓児

2016/8/4

弁当と、皆さんがいつも食べる朝ご飯・昼ご飯・夕ご飯との違いは何でしょうか?

それぞれの食生活によってさまざまだとは思いますが、一般的な家庭を想像しますと、たとえば朝ご飯は白御飯にほうれん草とお揚げのみそ汁、常備している昆布等の佃煮や浅漬け等のお漬け物、そして昨日の夕ご飯の残りのおかずの再登場ではないかと思います。最近ではパン食も御飯派を超えているそうで、残念ながらこの姿も年々減ってきていると言われます。

「冷めても美味しい」を追求して生まれた食事

学校で食べる弁当=PIXTA

次に昼ご飯はどうでしょう。お父さんは会社の食堂か外でランチ、コロッケ定食や煮魚定食でしょうか。お母さんは家でさらに残った食べ物の完食の義務を負わされます。学校へ行っている子どもは、やっと出ました弁当です。御飯類におかず、成長期のお子さんのいるご家庭は鶏の唐揚げやコロッケ、たこウインナーなど動物性食品が多いでしょうし、野菜はあまり好まないと思います。

家庭の食事は温かい

そして夕刻、お父さんも子どもも家に帰ってきて、お母さんが作った夕食で一家団欒です(この風景も実際は少なくなってきていますね)。

ここで登場する料理も多様で、白御飯に肉じゃがであったり、カレーであったり、焼き魚に煮物であったり、今日はパスタで、明日はハンバーグで、いったいどこの国の食卓?

といったくらいにバラエティ豊かです。

それで何が言いたいかといいますと、皆さんが日常食している3度の食事は御飯をはじめ、温かいものが多いと思います。もしくは夏は特に冷たく冷やして食べるのではないでしょうか。

冷めても美味しいが基本

ですが、それらとは違い、料理屋で作られる弁当もご家庭で作る子ども用の弁当も、常温で食べることを前提として作られている料理であり、料理屋の弁当はそれを追求してきた食の形なのです。

言い方を変えれば、常温で食べてこそ美味しいように工夫が施されている料理が弁当なのです。したがって、弁当に入っている食材の調理と、懐石料理等の調理は違って当たり前なのです。

松花堂弁当――持ち運べる懐石料理の誕生

松花堂弁当=PIXTA

弁当の中で、料理屋として一番関係の深いのが松花堂弁当です。誕生したのは昭和初期で、比較的最近の様式の弁当です。

松花堂弁当とは、弁当箱のまん中に十字形の仕切りがあり、縁が高くなっていて、蓋をかぶせるタイプの箱を使った弁当のことです。

その名前は、京都・石清水八幡宮にあった瀧本坊の住職、松花堂昭乗が四つ切り箱の器を好んだことに由来しています。彼は書や和歌に優れ、絵は狩野山楽に師事するという、稀代の風流人でした。茶の湯を好み、名器をもち、その審美眼にも定評がありました。

四つ切りの四角い箱が基本=PIXTA

その昭乗が、農家の種入れとして使われていた箱の内側を十字に仕切った器をヒントに、茶会で使用する煙草盆や絵具箱として四つ切りの器を使用したのが松花堂弁当の器のルーツです。江戸時代に遠州流の茶人が瀧本坊で行った茶会の茶会記という文献に、「瀧本の墨絵」のある春慶塗の器が「瀧本好」の煙草盆として記されています。

現在のような松花堂弁当は、日本料理「吉兆」の創業者の湯木貞一氏が昭和8年頃、松花堂の地を訪れた時に、昭乗の好んだ「四つ切り箱」に目をとめ、料理の器として使えないかと発想したのがそもそもの始まりです。

弁当の器として使うため、一辺の寸法を27.5センチから23.5センチに小さくし、縁は3.5センチから5センチへと高くしました。面積を小さくしたことで料理を美しく、縁を高くしたことで料理を縁からはみ出すことなく盛りつけられるようにしたのです。さらに蓋をかぶせれば料理を埃や乾燥から守ることができ、茶会の点心等に用いられました。

器が十字に仕切られているので美しく盛りつけることができ、煮物、焼物、造り、御飯などの食材同士の風味が混ざらずにそれぞれが味わえるという、機能と美しさをあわせ持つ、日本人の美意識が凝縮した弁当です。茶事の世界の侘び寂びから生まれたものと言えます。

幕の内弁当=PIXTA

幕の内弁当が本膳料理の流れを汲むものであるのに対して、松花堂弁当は懐石料理(茶懐石)の流れを汲むものであって、系譜は大きく異なり、当然求めるものも違います。

松花堂弁当は、コンパクト化された懐石料理で、御飯は温かく、焚合は夏は冷やして、その他の季節は温めてお出しします。料理屋で完成させた弁当を配達先に持っていくだけということはないのです。つまり、弁当という体を成した懐石料理なのです。食べる場所や環境にある程度適応できることから考えると、弁当という解釈ができるだけです。

[「10品でわかる日本料理」(日本経済新聞出版社)から抜粋]

高橋拓児(たかはし・たくじ)

1968年京都生まれ。大学卒業後5年間「東京吉兆」での修業の後、実家である京都の老舗料理店「木乃婦(きのぶ)」の3代目若主人に。シニアソムリエ。京都大学大学院農学研究科修士課程修了。

木乃婦HP=http://www.kinobu.co.jp/

10品でわかる日本料理

著者 : 高橋拓児
出版 : 日本経済新聞出版社
価格 : 1,620円 (税込み)

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