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私の履歴書復刻版

トランジスター ――米ウ社と提携に成功 ラジオ用製作に悪戦苦闘 ソニー創業者 井深大(13)

2012/5/28

話は元へ戻るが、最初に商品として出したG型というレコーダーは机ぐらいの大きさで、重さが15キロ(4貫匁)あった。1人では持って歩けない代物だった。だれもが初めて見るレコーダーだけにその性能には驚き感心をしても、定価17万円では手を出す人がいない。思惑違いにだいぶあわてた。これではいかんと今の総務部長の倉橋君が方々かつぎ回って、やっと裁判所へ20台納入し息をついた。

次に企画したのはトランク型の8万円ばかりのもので、最初から小学校の視聴覚教育をねらったものだった。これはみごとに功を奏し、3年ぐらいの間に日本の小学校の3分の1以上が1台ずつ持つようになった。テープレコーダーをつめて「テープコーダー」という商品名にしたために、どちらがほんとうのことばだろうと世の中で大議論になったのを、図に当たったとほくそえんだものである。

26年10月の決算では売り上げ1億200万円、利益900万円、配当3割を実現した。私はこのとき新商品の開拓の困難さと、それが成功するといかに強いものであるかということをじゅうぶん味わったのだった。

こうしてテープコーダーもどうやら軌道にのったので、もっとマーケットを勉強したいと思い、昭和27年に初めて渡米した。が、レコーダーの使用先としては、語学教室以外にあまり見るべきものがなかった。特に小学校などでは日本の方が高度な使い方をしていた。特殊なレコーダーを持参して米国へ売り込もうとしたが、なかなかそうは問屋がおろさなかった。

滞在中、米人の友人がこんどウエスタン社がトランジスターの特許を他社に使わせるというニュースを持ち込んで来た。トランジスターはその3年前に発明されたもので、その時は縁なき衆生と思っていたが、この時はかなりの関心を持っていた。というのは、トランジスターが初めて発表されたときのものとは違ってだいぶ改良されていたことと、私の会社もテープレコーダーを一つ物にして余裕ができたこと、テープを仕上げるために身分不相応に物理、化学の人をとったため、これらの人々の次の仕事も考えなければならない状態にあったからだった。

そこでニューヨークに30年ほど住んでいる山田さん(故人)という人にこれからの会社の米国での仕事を依頼することに決め、ウエスタンとの今後の特許交渉も頼んで帰国した。ウ社では当社の経歴をみてテープを独力で完成したことを高く評価し、すぐ契約をしてもよいといって来た。

ところが、当社が真空管も作ったことのない会社であり、トランジスターそのものに対する一般の認識も少なかったせいか、政府当局の認可がなかなかもらえなかった。その間、28年の8月には盛田君がニューヨークへ行って、ウ社との間に完全に契約を済ませてしまい、ウ社からはいろいろな資料を送ってくれたが、肝心の政府の許可が出ないので手を出すわけにもゆかず、非常に困った。

後の話になるけれど、世界で最初のトランジスターラジオは、米国のリーゼンシー社が昭和29年12月に発売し、当社はそれから半年おくれて世界2番目に名乗りをあげたのだが、われわれがもうちょっと努力していたら、たぶん世界最初の栄冠を得られたのに、といまになっても残念に思っている。

29年1月末、許可の出るのを待ちかまえて岩間和夫君(現ソニー常務)と2人で渡米し、アレンタウンにあるウ社のトランジスター工場を見学してトランジスターのできるところを日本人として初めて見た。ウ社の人々から、日本でトランジスターをこしらえてなにに使うかと質問されたので、ラジオ以外こしらえるものがないと答えると、皆口をそろえて、ラジオだけはやめておけ、アメリカの電子工業メーカーもラジオ用の高周波トランジスターでは、歩どまりが悪くて手を焼いているのだ、と忠告してくれた。当時米国ではトランジスターはほとんど全部補聴器に使われていたが日本ではその当時は、補聴器がよい商売になるとは考えられず、どうしてもラジオを物にしてやるぞと決心を堅くして帰って来た。

帰国するとすぐに岩間君をヘッドにして会社中の最も生きのよい連中を集め、半導体部をこしらえた。いろいろやってみるとウ社で忠告された通りラジオ用のトランジスターは製作不可能に近いほどむずかしいものだとわかった。なんべんも中止しようと思ったが、むずかしいからこそわれわれがやる価値があるのだ、と思い直して、これに没頭した。そうしてだんだん一般に製作されているのとは違った成長型のNPNというトランジスターに進んでいった。これが後にエサキダイオードの生まれるきっかけになったのである。

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この連載は、昭和37年12月に日本経済新聞に連載した「私の履歴書」および「私の履歴書 経済人 第6巻」(日本経済新聞出版社)の「井深大」の章を再掲したものです。毎週月曜日と木曜日に更新します。文中には今日では不適切とされる表現や行為の記述などがありますが、作者が故人であり、作品の発表された時代的・社会的背景も考慮して、原文のまま掲載しました。

[日経Bizアカデミー2012年5月28日付]

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