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私の履歴書復刻版

終戦――ワナにかけられ拷問 一転、命からがら逃げ切る 日清食品創業者 安藤百福(5)

2014/4/7

国から支給された物資を横流ししている人間がいるというので警察に相談したら、私が憲兵に取り調べを受ける羽目になってしまった。憲兵のK伍長と、横流しした者とが裏でつながっていたらしい。そのことに、後になるまで気が付かなかった。

上郡の疎開先の家

「よく考えておけ」と放り込まれた留置場には6、7人の男たちが肩を寄せ合っていた。おたがい体を伸ばして寝られないほどの狭さだった。我が家との差は身にこたえた。私に対する暴行も、いつ果てるともなく続いた。

いつの間にか、私を犯人にした自白調書が作られ、判を押せと強要された。罪を認めれば、この責め苦からは解放される。しかし、私は抵抗した。死んでも正義は守りたかった。

困ったのは食事だった。出されるものは、来る日も来る日も麦飯と漬物だけである。食器は汚れていて臭かった。とても箸(はし)をつける気になれず、数日間、絶食した。

絶食を続けていると、やがて私の体に変化が起こった。同房の人たちは私の食事を奪い合った。あさましいと言うのではない。しょせん人間は動物ではないか。飢えればそうなる。それだけのことだと思った。すると、どうしても喉(のど)を通らなかった食事が食べられるようになった。汚れた食器の水も、平気で飲めるようになった。

極限になれば人間の本質が見えてくるという。この時、私の心は、なにか透明な感じで食というものに突き当たった。人間にとって、食こそが最も崇高なものなのだと感じられた。即席めんの開発の源をたどっていけば、ここまでさかのぼるのかもしれない。もちろん、その時の私に、チキンラーメンの発想があったわけではない。

憲兵隊の追及は、私が頑固な分、さらに厳しくなった。どうしたらこの状況から逃れられるのかと考えた。生きるために、そんな食事に耐えたとしても、殴られ続けて死んでしまうかもしれない。私は再び絶食を決意した。なまじ健康なために拷問を受けるより、食べることをやめて病気になる方がよほど心が安らぐだろう、と考えたのである。

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