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新年度を迎え、雑誌記事に「ビジネスマナー」や「敬語」の特集が目立つ。2016年4月、「Business Journal」に掲載された「『関係各位様』『ご質問』…失笑ものの敬語&ビジネス用語を使うバカ社会人たち」もその一つ。

「お」さえつければ「お上品になる」わけでもない

中でも面白かったのは、若者世代が顧客に使うと書かれた「ごPDF(ご査収ください)」「おミーティング(を行います)」「(会議は○時に)おフィックス」という「斬新な表現」だ。私は失笑を越え、爆笑した。

3つの例は、5分類される敬語の「美化語」の「変形」ともいえる。

あいさつを「ごあいさつ」、打ち合わせを「お打ち合わせ」、約束を「お約束」というように「表現を上品に演出したいときに用いる敬語」が本来の「美化語」の役割だ。ところが、例えば「おバカ」の「お」は「上品に美化して演出する美化語」というよりもっぱら「揶揄(やゆ)する」目的で使われている。「お」さえつければ「お上品になる」わけでもない。

古すぎて恐縮だが、トニー谷という終戦直後からの一時期、我が国お笑い界のスーパースターだったお方は、横文字に盛んに「お」をつける芸風が人気だったと聞いたことがある。「おフランスでは」みたいな感じだったのだろう。

そんな歴史もあったからか、現在でも「お」「ご」の美化語は「使いすぎに要注意」「横文字には通常使わない(例外:おビール、おタバコなど飲食業界用語)」が原則とされている。それゆえBusiness Journalの記事が「問題だ!」と指摘する気持ちは十分理解できる。

「常識知らずの若手社員のせいで、大事なビジネスパートナーに大きな違和感を与え、会社の信頼感を損ねかねない」

そう懸念する方が真っ当かもしれない。

とはいえ、記事に出てくる「弊IDを送信いたします」のように使われる「弊ID」とする「センス」はなかなか捨て難い。「うちの会社」を低めていう「弊社」という「おなじみの表現」を「進化」させ「謙譲の接頭語、弊」を用いた「弊ID」に! 「なるほど! その手があったか」と感心してしまった。

ここからが本論だ!

「分かりやすい敬語間違い」は笑って済ますこともできる。ところが、「よくわからないけど、モヤモヤする」――そんな「微妙な敬語表現」こそが「問題」なのだ。

これを知っておけば「敬語マスター!」かもしれない

そこで、モヤモヤ感を払しょくするため、「敬語で傷ついたを4人のオヤジ」を通して、問題のありかを探してみよう。

オヤジの会話1(目上に許可を与える言い方はダメ!?)
オヤジA:スーパーでの支払い。「カードでいい?」って尋ねたら、若い女性店員が「よろしいですよ」って答えてくれた。丁寧な言い方だなあとは思ったけど納得がいかない気がした。なぜだ?

「カードで払っていい?」という問いに「いいですよ」「よろしいですよ」と答えた彼女の「どこが変じゃ!」「クレーマーオヤジめ!」――非難の声が聞こえてきそうだが、実はオヤジの違和感にも一理ある。

「スーパー」という場面では、客が「上位」、店の人が「下位」が建前ということになっている。「どちらを上位とするか?」は場面と役割でコロコロ変わる。日本の敬語は「相対敬語」だ。

オヤジとレジの女性の、別の場面をイメージすると分かりやすい。

オヤジが「秘密クラブ」に行ったら「女王様」がレジの女性だった、とすれば「女王様」が上位で「会員」は下位として振る舞うことが求められる。

この前提で話を進める。

敬意表現では「下位のもの(目下)」は「上位のもの(目上)」に「許諾表現」を使わない。これが「お約束」だ。すなわち「いい」とか「ダメ」とか、そもそも判断することは、「下位の振る舞い」としてふさわしくないとされる。「目下から目上への許諾表現」は「上から目線のルール違反」だと感じる人が少なくない。

こういう恐れを回避するには、「いいですよ」「よろしいですよ」の代わりに「かしこまりました」を使う。「ダメですよ」と不許可を告げずに、「申し訳ありません。カードはご使用いただけないんです」と誠心誠意、詫びるのが好ましい。

したがって「いいですよ」「よろしいですよ」と許可を与える言い方ではなく、「かしこまりました」「承知しました」と笑顔でカードをお預かりすると好感度が上がる。

巧妙に「押しつけ」や「命令」する本音が透けて見える

オヤジの会話2(目上に能力を評価する言い方はダメ)
オヤジB:飲み屋のカウンターでLINEチェックしたら、若いバーテンダーが言うんだ。
「すごいですね、LINEとか、できるんですね!」
お世辞のつもりだろうけど、こっちは馬鹿にされたようで、微妙なんだよね。

敬語の原則から言えば、目上の「できる」「できない」という能力に関わる話題を目下が投げかけることは望ましくない。「さすが部長はプレゼンが上手にできますね」と新入社員に言われて、素直に「ありがとう!」と上司が喜ばないのはこの「原則」による。

オヤジの会話3(恩恵を押し付ける言い方はダメ)
オヤジC:「この書類、確認してもらっていいですか?」「ここにハンコ押してもらっていいですか?」と尋ねる部下に俺は、なぜムカつくのだろうか?

「~してください」「していただけますか?」に代わり、最近ひそかに増えている「敬意表現」に「~してもらっていいですか?」がある。

「こちらに並んでもらっていいですか?」――人気店の係員は「~もらっていいですか?」と「恩恵を請う」ように装って「威丈高で偉そうな空気」を漂わす。見舞い先の病棟がわからず、看護師に尋ねたら「受付で聞いてもらっていいですか?」――けんもほろろで、取りつく島もない返答。どれも、オヤジCは大嫌いだ。

「~してもらっていいですか?」という「配慮表現」の何がどういけないのか?

「お待たせしました」じゃないだろ?

オヤジの会話4(「待ってねーよ」と言いたくなる「お待たせしました」)
オヤジD:期日を2日も遅れて書類を提出した失礼な部下が、ようやく俺のところにやって来た時のセリフ「お待たせしました!」っておかしくないか? 「遅れました……」が筋だろう?

この疑問を晴らしてくれるのが、当コラムおなじみ、NHK放送文化研究所・塩田雄大主任研究員が「最近気になる放送用語<遅くなりました? お待たせいたしました?>」で実施した調査結果だ。

 「遅くなりました/お待たせいたしました。提出期限ギリギリになってしまいましたが、リポートを提出いたします」
 この場合、「お待たせいたしました」と言われると、ことばとしては丁寧な言い方なのですが、カチンとくる人もいます。学生がリポートを提出しなかったら単位を取れないだけで、教員側としては必ずしも「リポートを待ち望んで」はいないからです。(一部引用)

詳細は研究所のサイトをお読みいただくとして、ざっくり言えば、60歳以上の男性(オヤジ)は「遅れました」と「まずは謝罪の言葉を冒頭に」が優勢だ。

上司は、待ちに待った書類が到着したと大喜びするわけではない。「不当に待たされ、苦々しく思っている上司」の前に現れ、ぬけぬけと「お待たせしました!」と口走る部下の言葉に「敬意」など感じない。

「敬語」と言えば「これは間違い、これは正しい」と一刀両断に切り捨てる類の言説や書籍があったりするが、オヤジたちを含む「繊細な人々」は微妙なところに「引っかかり」を感じながら楽しんでいる。

敬語の「味わい」をかみしめたい方は拙著『すべらない敬語』(新潮新書)をお薦めする、って、これが一番、押し付けがましい?

[2016年4月28日公開のBizCOLLEGEの記事を再構成]

梶原しげるの「しゃべりテク」」は木曜更新です。次回は5月19日の予定です。
梶原 しげる(かじわら・しげる)
1950年生まれ。早稲田大学卒業後、文化放送のアナウンサーになる。92年からフリーになり、司会業を中心に活躍中。東京成徳大学客員教授(心理学修士)。「日本語検定」審議委員を担当。
著書に『すべらない敬語』『そんな言い方ないだろう』『会話のきっかけ』 『ひっかかる日本語』(新潮新書)『敬語力の基本』『最初の30秒で相手の心をつかむ雑談術』(日本実業出版社)『毒舌の会話術』 (幻冬舎新書) 『プロのしゃべりのテクニック(DVDつき)』 (日経BPムック) 『あぁ、残念な話し方』(青春新書インテリジェンス) 『新米上司の言葉かけ』(技術評論社)ほか多数。最新刊に『まずは「ドジな話」をしなさい』(サンマーク出版)がある。

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