味噌汁付きが「焼き飯」で、スープは「チャーハン」?
焼き飯vsチャーハン(1)
私はそれこそ一心不乱、一生懸命に料理をしているつもりなのに、家人は「ふざけているようにしか見えない」と言う。家人は実にうまいこと表現したものである。「ふざけているようにしか見えない」か。なるほどなあ。
料理への情熱はあるがセンスが空前絶無。料理への希求はあるが、あまりに不器用。
例えばニンジンやタマネギをみじん切りにしたつもりでも、普通の人のサイコロくらいの大きさになってしまう。何度言われてもかつお節を冷水の段階から入れて出しを取ろうとする。昆布は冷水からと教えられたのが、どこかで「出しは冷水から」に置き換わってしまい、「かつお節で出しか。じゃあ冷水からね」となってしまうのである。
そんなわけで、私が作ったモノは子供たちから「お父さんのふざけ飯」といって喜ばれているのである。
そんなおふざけ父さんにも作れるものがある。ご飯炒めである。
チャーハンほど卵がふわっとしていない。べちゃべちゃである。小型サイコロ大のニンジン、タマネギ、ピーマン、焼き豚が入っている。香辛料は塩コショウに隠し味の醤油かナンプラー(タイの魚醤)。
強火でさっと仕上げようと思いつつも、何となく段取り悪くていつまでも火にかけているものだから、中華鍋の底にはおこげができる。そのおこげ込みのご飯炒めである。チャーハンと呼ぶと中国人に申し訳ない。焼き飯と言うほどの様式も備えていない。だから、そのまんまの「ご飯炒め」。
だいたい食べ始めてほどなく「あ、味薄い」とか「なんか忘れた?」といった家族の声を合図に醤油やコショウをポタポタシャカシャカかけながら食うのが、お父さんのご飯炒めの醍醐味と悲しさなのであって、「おいしい」などという声でも出ようものなら無言のうちに同情の響きを聞き取ってしまう私はひねくれ者であろうか。
「男子厨房に入る」時代ではあるが、私の場合は「あ~あ、お父さんが厨房に入っちゃった」なのである。
長いイントロになってしまった。世間の中に「野瀬は食い物のことばっかり書いているからちっとは料理をやるのかもしれない」などという美しい誤解があるといけないので、敢えて申し述べた次第である。
さて本題。
焼き飯とチャーハンの呼び方の境界線を明らかにし、同時に、呼び方と料理の内容がシンクロしているかを分析するのが今回のミッションである。
メールを紹介しよう。先日、日本経済新聞の文化面に「食べ物 新日本奇行」のことを書いたら、急にアクセス数が増えた。そしてメールも多彩になった。ありがたいことである。
お褒めの言葉をここで紹介するのは気恥ずかしいのですが、わざわざ地球の肺からメールをいただいたもので、ついうれしくなりました。ニヤニヤゲラゲラと笑っていただいているようですが、それでいいんですよ、アホじゃありませんよ。
それにしてもサンパウロではチャーハンですか。こういう情報はとっても貴重です。これからもブラジル情報をお寄せください。
豚肉が入った汁をブラジルではぶら汁と呼ぶとか……。
アホはこっちでした。
メールの書き出しが「お忙しいところ、お邪魔いたします」となっていますが、いいんですよ。大きな声では言えませんが忙しくないんです。お邪魔じゃないんです。
それにしてもどうしてブラジルが地球の肺なんですか。大きくて形が似てるから?
大阪人はウィーンでも大阪弁なんですね。
以前、三林京子さんが「ベトナムに行ったときずっと大阪弁で通した。なぜか通じた」と言っていました。
大阪弁は最強の国際日本語でしょうか。
久留米弁はベトナムで通じそうにありません。
これってポイント突いているんじゃないでしょうか。焼き飯に味噌汁が付くということは和食扱い。ならば、味付けは醤油ベースですか。
私は呼び方とは別に料理の実態として「卵が入らず醤油味」のものを焼き飯、「卵が入って塩味」のものをチャーハンとして分類しています。
私が生まれ育った福岡では「焼き飯」は町の定食屋さんや庶民的食堂の定番メニューでありまして「高級じゃない」「安心して入れる店」のサインみたいなものでした。これを置くとイメージダウンにはなってもイメージアップには決してつながらないものと考えておりましたが、所変わればなんとやら、逆の地域もあるんですねえ。びっくりしました。
ところでアン・パンチさんのメールに登場する八戸地域地場産業振興センターには、私何度も行っております。JR八戸駅前のあのビルですね。新幹線開通おめでとうございます。「はやて」にも乗りました。何のために八戸に行ったのかというと「せんべい鍋」「せんべい汁」の取材のためでした。記事にしたのは私です。
アン・パンチさんのメールには八戸名物「南部せんべい」のディープな地元事情が詳しく書かれている。
「せんべい汁」というのは汁用のせんべいが入った汁物。野菜や鶏肉なんかがたっぷりの醤油仕立ての逸品である。鍋物にせんべいを投じるとせんべい鍋になる。アン・パンチさんによると
(1)八戸のスーパーにはお菓子コーナーとは別に(料理用の)せんべいコーナーがある
(2)その料理用せんべいというのは、ピーナッツやゴマがはいったものではなく、小麦粉・塩・べーキングパウダーだけで焼き上げた「白せんべい」である
(3)八戸の郊外に行くと白せんべい2枚の間に赤飯とかおこわをはさんで、農作業の合間などに食べる。「おこわせんべい」とか「こびる」などと呼ばれている
(4)きわめつけは白せんべいのてんぷら。市場の揚げ物屋さんで売っている
「おこわせんべい」は澱粉ダブルである。「白せんべいのてんぷら」も澱粉粉モノダブルである。澱粉主義というとお好み焼き定食、そば飯などに代表される関西の食文化だとばかり思っていたが、八戸も濃厚澱粉地帯だったとは……。
ところで八戸地域地場産業振興センターの1階には地元産品の売り場があって「せんべい汁セット」が手ごろな値段で売られているし、館内のレストランでせんべい汁を食べることもできる。定食で確か1000円しなかったと思う。八戸に行ったら立ち寄ってみられるといいだろう。
それと、八戸といえば八食センターがある。でっかい体育館みたいなところに鮮魚店、乾物店などがずらーっと並んでいる。
私はここに行くと鮮魚店でカニやエビ、ホタテなどをみつくろいクール便で九州の親に送ることにしている。生きたタラバガニなんて九州じゃめったにお目にかかれないから喜ばれる。
中に食堂がいくつか入っているが、お勧めは寿司。安いのなんのって、回転寿司以下なのである。少食の私なぞは1000円で腹いっぱいになってしまった。
本題からずれてしまった。ずれついでに前回までのテーマに関するメールを紹介する。
当然のことですが、集計結果はVOTEした人が全員「焼く」と答えたということであって、山形の人全員が「焼く」ということではありません。本間さんがVOTEしてくれたら結果はまた違ったわけです。
それにしても難しい研究をしておられるようですね。風邪をひきそうになったら「焼きミカン」でも食べて頑張ってください。
お、弊社社員某からメールが来ている。前回紹介した「喫茶店でホットコーラを飲んでいた」というメールに関するもので「むかし『香港の茶店ではコーラはホットで飲むものだ』と現地の人に当然のように言われて仰天したことがあります」と書いている。ホント? K山君。私も香港に行ったことがある。でもトランジットで半日ほどしかいなかったから、その辺の事情は全然知らない。香港在住の読者からの情報を待つことにしよう。
焼き飯とチャーハンの呼び方の分布を調べる場合、「あなたはどう呼んでいますか」と聞く方法と、「あなたの住んでいる所ではどう呼ばれていますか」と尋ねる方法が考えられる。次回詳しく紹介するNHK放送文化研究所の先行調査では前者の聴き方をしているので、当新日本奇行では後者の方法を採用し、NHK調査と比較検討しようと思う。
自分は絶対「焼き飯」派なのだが、近所では「チャーハン」とメニューに書いている店が多いようだな、という人は悔しいだろうが「チャーハン」と投票していただくことになる。繰り返すとあくまで周辺ではどちらが優勢か、がポイント。
サブテーマの具材、味付けだが、わかりやすいように「卵」の有無と、醤油味か塩味かに絞る。つまり
▼卵が入って塩味ベース / ▼卵は入らず醤油味ベース
に分ける。ただ卵が入っているのに醤油味とか、卵なしの塩味とかも存在するだろう。
以上の2点を重ねてみると、どんな日本地図が出来上がるのだろう。ブンカジンルイガクっぽくなってしまいそうだが、なんでもいいんだ面白ければ。
それと「ウチの方ではかまぼこが入る」とか「よそはネギ入れるらしいけど、当地ではタマネギ」といった情報もいただけるとうれしい。きっと「へー」というメールがたくさん来ると思う。こういうのを紹介するのはとっても楽しい。ヒマだし。
(特別編集委員 野瀬泰申)
[本稿は2000年11月から2010年3月まで掲載した「食べ物 新日本奇行」を基にしています]
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