しかし、これらの手がかりがあっても、隕石が火星のどこから来ているのかを突き止めるのは非常に難しい。個々の隕石はジグソーパズルのピースのようなもので、元の環境がわからなければ、火星のどこにあったかを特定することはほぼ不可能だ。
「私たち地質学者は、どこで岩石サンプルを採取したかという情報を詳細に記録します。背景が重要だからです」とグラスゴー大学で火星の隕石を研究している博士課程の学生アーニェ・オブライエン氏は話す。氏も今回の研究には参加していない。「火星隕石の場合、背景がわからないので、何が起こって形成されたのか、これまでの知見に十分基づいて推測をしなければなりません」
そこで、高度な推測を行うために、科学者たちは惑星科学の新しいツールを利用した。機械学習だ。
「絵」がわからなければ「年代」で
高度な推測の手がかりにしたのは、枯渇型シャーゴッタイトが故郷を飛び出した110万年前という年代だ。
惑星の表面の年代を厳密に決定するには、現物のサンプルを調べるしかない。しかし、火星のサンプルリターンが実現するであろう30年代まで、それはほぼ不可能だ。とはいえ、研究者は「クレーター・カウンティング」と呼ばれる手法で表面の年代を推定できる。
地球と違って地表に水がなく、地質学的に不活発である火星では、かなりの大きさのクレーターが、何億年から何十億年もそのままの状態で残っている。小惑星が衝突する頻度がわかっていれば、火星表面でクレーターの数が多い場所は、少ない場所よりも古いことになる。
クレーターの年代は別の方法でも推定できる。「小惑星が火星表面に衝突すると、たくさんの破片が飛び散ります」とオーストラリア、カーティン大学の惑星地質学者で、今回の論文の筆頭著者であるアンソニー・ラガイン氏は言う。
いちど飛び散ってから再び落ちてきた破片は表面に衝突し、最初の衝突クレーター(1次クレーター)の周りに小さな2次クレーターを作る。クレーターが残りやすい火星でも、2次クレーターは数百万年もすれば風に侵食されてしまうため、周りに2次クレーターがある大きなクレーターは、火星の歴史の中ではつい最近できたと考えられる。
「表面の年代をより正確に知るためには、より小さなクレーターを調べる必要があります」と、カーティン大学の宇宙地質学者で、今回の論文の共著者であるグレッチェン・ベネディクス氏は言う。小さな衝突は大きな衝突よりも頻度が高く、2つの場所にある小さなクレーターの数のわずかな差を利用すれば、時間軸をより詳細に推定することができる。
とはいえ、これを手作業で行うのはたいへんだ。そこで研究チームは、火星探査機が軌道上から撮影した画像データを機械学習プログラムに入力し、直径1キロメートル以下のクレーターを見つけるように訓練した。
すぐに約9000万個のクレーターが見つかったと、カーティン大学のデータサイエンティストで論文の共著者であるコスタ・セルビス氏は振り返る。研究チームは、このクレーターの年表をもとに、枯渇型シャーゴッタイトの起源を絞り込んでいった。
「すべてがぴったり合致しています」
データを精査した結果、火星の火山領域にある大きなクレーターのうち19個が、複数の2次クレーターに囲まれていることがわかった。彼らが探す110万年前のクレーターと同じくらい新しいことを示す兆候だ。
なかでもいくつかのクレーターは、ほぼ110万年前のものと推定されたが、それだけでは不十分だ。隕石に含まれる鉱物がその場所の地質と一致していなければならない。ここでも研究チームは、クレーターカタログを使って火山平原の年代を比較した。結果、鉱物とその場所の年代が一致するのは「09-00015クレーター」と「トゥーティング・クレーター」の2つだけだった。