110万年前の火星隕石 どこから来たか分かる驚きの方法

日経ナショナル ジオグラフィック社

2021/12/20
ナショナルジオグラフィック日本版

この火星地図の色は、異なる大きさのクレーターが分布する地域を示している。研究者たちは約9000万個の小さな衝突クレーターを特定することで、火星表面のさまざまな場所の年代を計算し、ある種類の火星隕石が1つのクレーターに起源をもつことを明らかにした(PHOTOGRAPH BY LAGAIN ET AL. (2021), NATURE COMMUNICATIONS)

地球に降り注ぐ隕石のなかには、火星から飛んできたものがある。小惑星などの天体が火星に衝突したときに宇宙に飛び出した火星の欠片で、「火星隕石(いんせき)」と呼ばれている。

火星の歴史を解明する上で、火星隕石が火星のどこから来たのかを明らかにすることはとても重要だが、科学的には非常に難しい。しかし、2021年11月3日付の学術誌「Nature Communications」に画期的な手法が発表された。論文では、火星のクレーターを数える機械学習プログラムの助けを借りて、ある種の火星隕石が、太陽系最大の火山領域「タルシス」にある1つのクレーターから来たと推定した。

火星のタルシス領域は数千個の火山からなり、面積は約3000万平方キロメートルと、米国の3倍もある。無数のマグマの噴出と溶岩流によって数十億年かけて形成され、非常に重く、これができたせいで地表が元の位置から自転軸に対して20度近くずれてしまったほどだ。

この分析結果が確かなら、科学者たちは、火星の地表をずらすほどの巨大な火山領域の途方もない力について、解明の手がかりをつかんだことになる。

「火星の理解が大きく変わる可能性もあります」と英グラスゴー大学の隕石専門家ルーク・デイリー氏は評価する。なお、氏は今回の研究に参加していない。

火星隕石の起源

今回研究対象とした隕石は、11年にモロッコに落下した重さ7キログラムの火星隕石をはじめ、今から約110万年前に火星に小惑星が衝突して宇宙に放出されたものだ。こうした火星隕石は十数個見つかっており、希土類元素の含有量が少ないことから「枯渇型シャーゴッタイト(depleted shergottite)」と呼ばれる。

火星の隕石の多くは「シャーゴッタイト」という種類に分類されている。1865年に隕石の落下が目撃されたインドのシャーゴッティという町にちなんで名付けられた。シャーゴッタイトはすべて似たような組成の火山岩だが、なかでも枯渇型シャーゴッタイトは、化学的特徴から地下深くのマントルに由来することが知られていた。

ではまず、マントルはどのようにして表面近くまで上昇していたのだろうか?

地球の場合、マントル岩石が地表に出てくる方法は2つある。1つは、2つのプレートが離ればなれになる境界にマントルが上昇してくる場合。もう1つは、プルームと呼ばれる超高温のマントル物質が深部から噴水のように上昇してくる場合だ。火星にはプレート運動がなかったと考えられているため、マントルプルームによって上昇してきた可能性が高い。

また、すべての枯渇型シャーゴッタイトが比較的若い数億年前の火山性地域から来たということも、分析によりわかっている。

隕石の分析からわかることは他にもある。地球に落下したすべての枯渇型シャーゴッタイトが1回の小惑星の衝突によって宇宙に放出されたのだとしたら、その衝突は、最小でも直径3キロメートル以上のクレーターを残したほど強力だったに違いない。

また、そのクレーターは約110万年前にできたはずだ。宇宙に放り出された岩石の表面は宇宙線によって変化していくため、表面を調べることで、宇宙を旅していた時間の長さがわかるのだ。

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