日経ナショナル ジオグラフィック社

2021/12/18

青い花をかき分けると、つぼみのそばにピンの頭ほどの小さな白い点があった。チョウの卵だ。アルコンブルーはヨーロッパで絶滅の危機にひんしており、その生息地のほとんどで個体数が減少している。

このチョウの大きな問題は、生息地が限られていて、それが激減している上、繁殖に必要な食草が1種しかないことにある。特定の種のアリと寄生関係にあることも問題だ。彼らはフェロモンや音を使ってアリをだまし、冬の間、幼虫を巣にかくまってもらっている。「すべての条件を満たす場所はほとんどありません」とフィゲロア氏は言う。

そこでフィゲロア氏とマス氏が取り組んでいるのが「マイクロ保護区」づくりだ。政府の公式ルートを通じて種の保護をはかろうとすると何年もかかってしまうので、彼らは絶滅の危機に瀕している植物や動物のほか、花咲く草原のような生息地も探し出し、迅速に保護しようとしている。

彼らの保護区は人間を締め出すためのものではない。彼らは土地所有者と直接交渉して、環境をどのように管理するかを決定する。よく管理されている土地なら、土地所有者がこれまで行ってきたことを継続し、変更を加える場合にはフィゲロア氏とマス氏に連絡することを約束してもらうだけだ。一方で、土地所有者にそれまでのやり方の変更を求め、変更に伴う損失を補償する場合もある。

カタルーニャ地方の牧草地で野草の種子を集めるパイザッチャス・ビウスのイレーヌ・フィゲロア氏。同団体は、種子をとるために草刈りの時期を遅らせてくれた土地所有者に、別の牧草地から干し草を提供している(PHOTOGRAPH COURTESY PAISATGES VIUS)

例えばこの草原では、牧場主に草刈りの時期を遅らせたり回数を減らしたりするように依頼している。そうすることで、アルコンブルーのライフサイクルを全うさせると同時に、フィゲロア氏とマス氏が野草の種子を集めて近くの荒廃した草原を回復させ、チョウの生息地を広げることが可能になる。

また、草刈りの回数を減らしてもらう代わりに、ほかの農家から購入した干し草を牧場主に提供している。さらに、地元の農家との友好関係を深めるために、最近、牧草地の中を通る道路の一部の修復も行った。

これは、すぐにできる仕事でも簡単な仕事でもないとマス氏は言う。環境保護活動家と農家は対立しがちで、協力関係にある農家の中にも「面倒で割に合わない」と考える人もいるという。自然保護はますます複雑になっているとマス氏は言う。

「昔は生息地の喪失だけを考えればよかったのですが、今では外来植物や気候変動や化学物質など、さまざまな問題があります。ほかの問題にうまく対処できたとしても、気候変動のように、すべてを変えてしまうおそれのある問題もあります」

例えば、アルコンブルーが頼りにしているアリは、地面の温度の変化に敏感に反応する。「これは将来的にコントロールできないことです」とマス氏は言って、考え込んだ。

斜面の草地に咲く花々を飛び回るチョウやハチを守るのは、おそろしく大変な仕事なのだ。種子を採取し、草原を再生させ、干し草を提供したりトラックの窓ごしにおしゃべりをしたりして保全に消極的な牧場主との間に信頼関係を築かなければならない。しかし、それこそが人間と自然のバランスを取ろうとする現場の姿なのかもしれない。

ステファネスク氏は言う。「何百年も何千年も人間が利用してきた古くからある環境では、互いに協力し合うことで、最高レベルの生物多様性が達成されるのです」

(文 BRIDGET HUBER、訳 三枝小夜子、日経ナショナル ジオグラフィック社)

[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2021年11月29日付]