島とカヌーを愛する女性たち 変わるタヒチの「国技」

2021/12/12
ナショナルジオグラフィック日本版

タヒチで2019年に行われた文化行事「ヘイバ」で、ポリネシア伝統のカヌー「ヴァア」の競技に参加する女性たち(PHOTOGRAPH BY XAVIER KEUTCH)

「もっとパドルを深く水に入れて。水を感じてちょうだい」

ヒナテア・バーナディノさんの声が響く。私たちが乗るカヌーは、鏡のように穏やかなタヒチの海面を滑るように進んでいく。2メートル下の海底と、素早く泳ぐブダイの姿がはっきり見える。

「カヌーと一つになるのよ」

タヒチの言葉で「ヴァア(va’a)」と呼ばれるアウトリガーカヌー(舟の片側に張り出した浮きの付いているカヌー)では、肉体的な強さよりも「マナ」に導かれて進む能力のほうが重要だとバーナディノさんは言う。マナとは生命の力であり、祖先や自然のエネルギーのことだ。バーナディノさんは、カヌーの漕手(そうしゅ)として数々の勝利を手にしてきた実績から、ポリネシア諸島におけるレジェンド的な存在となっている。

「レースのときにマナを感じることができれば、それはつまり、カヌーに乗っているのは私たちだけではないということです。そうすれば、より速く進むことができるのです」

2021年7月24日、バーナディノさんは、タヒチ島のパペーテ沖で開催された「テアイト」という大会で11回目の優勝を果たした。テアイトはタヒチ語で「戦士」という意味だ。この大会は毎年開催され、今年で33回目。世界でもっとも威信あるヴァアの個人レースだと考えられている。

かつて西洋の探検家たちは、コンパスと地図を手に航海に乗り出した。しかし、ポリネシアの人々は、その何世紀も前から、波や星、鳥の飛行パターンなどを頼りにしてカヌーを操っていた。人類学者のウェイド・デービス氏は、著書『The Wayfinders』にこう書いている。「さらに驚くべきことに、ウェイファインディング(ポリネシア航法)は推測航法に基づいている。自分がいた場所と、そこからどう移動したかを正確に知ることでのみ、自分の現在位置を知ることができる」

「自分がどこから来たか」を知ることは、バーナディノさんのようなアスリートにとっても重要だ。彼女にとって、カヌーは単なるスポーツではなく、自分と伝統をつなぐ文化的慣習でもある。だが、バーナディノさんのような最高の栄誉を得た女性アスリートでさえ、いまだに平等に扱われるための闘いを続けている。

現在のポリネシア人の祖先は、「ヴァア」と呼ばれる双胴カヌーで海を越えてやってきたとされている。遺伝子調査によれば、東南アジアの大陸部から渡ってきた可能性が高い。(PHOTOGRAPH BY FRANK FERVILLE, AGENCE VU/REDUX)
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カヌーは島、島はカヌー