それにしても、ブロードウェイの1年半にわたる劇場閉鎖と今回の再開を見て思うのは、ブロードウェイの人たちの気質や潔さです。日本は公演を続けられたのですが、続けるための苦労もたくさんあって、いつ公演が止まるか分からないという不安やリスクをずっと味わってきました。一方、ブロードウェイは潔かったと思うんです。いろんな事情があったにせよ、すぱっとやめて、じっと耐えて再開のときに備えて、ようやく再開できたときにエネルギーを爆発させる。その選択はブロードウェイらしくて、潔いと感じました。
ブロードウェイに行って、スタッフさんや役者さんと話すと、やるときはやるという印象を受けます。おおらかだし、アバウトなところもある国民性なので、大丈夫なのかなと思うこともあるのですが、自分たちの専門のことや役割に関してはものすごいエネルギーを注ぐ。それが自分たちの選んだ生き方ということなのでしょう。彼らは「人生が一番大切」とよく言います。もちろん人生を懸けて舞台をやっているのだけど、何が何でも舞台を開けるというよりは、自分たちの人生をまず大事にして、今はこういう時期だから我慢しよう、その代わり、やれるときは思い切りやろう。そんなブロードウェイの人たちの心意気を感じたし、それがミュージカルという表現形態にも合っているのだと思います。
『愛した日々に悔いはない』を地で行った1年半
もともとブロードウェイの俳優は不安定な職業です。オーディションで勝って仕事を得られれば、しばらくは食いつないでいけるけど、そのショーもいつクローズするか分からないし、次の仕事がすぐ決まるかどうかも分からない。でも自分たちはこの仕事が本当に好きだから、愛情を持ってやっているというのが誇りです。ミュージカル『コーラスライン』に『愛した日々に悔いはない』という曲があります。いつけがをするかもしれないし、いつ仕事を失うかもしれないけど、舞台を愛してやってきた自分の生き方に後悔はないという、ブロードウェイのテーマソングみたいな歌です。それを地で行った1年半だったと思います。
ブロードウェイの劇場が開いていない世界は、ミュージカルをやっている自分たちにとっては大元がなくなったみたいで、ぽっかり穴があいたような気分でした。再開したからといって、すぐに元の世界に戻るわけではないでしょうが、まずは復活を心からお祝いしたいし、さらにパワーアップしたブロードウェイが帰ってくることを楽しみにしています。

(日経BP/2970円・税込み)

「井上芳雄 エンタメ通信」は毎月第1、第3土曜に掲載。第102回は10月16日(土)の予定です。