酵母がまるで木に! 試験管で巨大多細胞体へ「進化」

2021/10/18
ナショナルジオグラフィック日本版

細胞が40万個以上に増殖した酵母のクラスター。圧力を加えると、写真のように枝分かれした小さな細胞の塊になった。(PHOTOGRAPH BY OZAN BOZDAG)

生命はいかにして、単細胞から始まり、今のようなかくも美しく複雑な生物へと進化したのだろうか。そもそも細胞は、どのようにして集まり、互いに協力することを学び、数億から数兆個もの細胞から成る有機体を形成するようになったのだろうか。

その答えはまだ見つかっていないが、米ジョージア工科大学による最新の実験結果が、大きな手掛かりを与えてくれるかもしれない。同大学の研究チームは、試験管の中で本来は単細胞性の酵母が肉眼で見えるほど巨大なクラスター(集合体)にまで進化する様子を観察し、複雑な多細胞構造の起源を探る研究への道筋をつけた。

実験で得られた酵母のクラスターは大きさが直径2ミリで、およそ45万個の細胞を含んでいた。しかも、最初はゼラチンの100分の1の柔らかさだったのが、細胞が複雑に絡み合い、最終的にはなんと木のような硬い物質に変わっていた。この研究はすでに学術誌「Nature」に提出され、査読前の論文を投稿するサイト「bioRxiv」に2021年8月5日付で掲載されている。

今回の論文の共著者でジョージア工科大学の進化生物学者ウィリアム・ラトクリフ氏は、多細胞生物の起源を探るため、10年かけて酵母の研究を続けてきた。12年には、単細胞性の酵母が雪の結晶のような形に多細胞化する「スノーフレーク酵母」に関する興味深い論文を学術誌「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」に発表している。

この変異株は通常と異なり、母細胞から出芽した娘細胞は母親にくっついたまま枝分かれして増え、小さなクラスターを形成する。しかし、細胞の数が数百個まで増えて大きくなると、2つに分裂する。

スノーフレーク酵母に見られるように、生命がシンプルな多細胞性を進化させる道はいくつかあるものの、そこからどうやって数十万個、あるいはそれ以上の細胞のクラスターを安定的に生み出せるかが問題だと、米ハーバード大学の古生物学者アンディ・ノール氏は言う。

それだけの数の細胞を1つにまとめることこそが、複雑な多細胞生物への進化において重要な一歩だったはずだ。そのため、ラトクリフ氏は酵母のクラスターをより大きく成長させる方法を模索した。なお、多細胞生物の起源に関する専門家であるノール氏は、今回の研究には参加していない。

試験管の中の「自然選択」

スノーフレーク酵母をつくるにあたり、ラトクリフ氏の研究チームは、酵母が常にかき混ぜられ、動いているように振動させた状態で培養した。1日1回、その酵母液から任意に10分の1の量を取り出して新しい試験管に移し替え、5分間静止した状態で放置する。すると、酵母のクラスターが試験管の底に沈殿する。

クラスターは大きければ大きいほど速く沈殿するため、酵母液の一番下の部分に最も大きなクラスターが含まれる。そこで、その一番下の部分だけから次の世代を育てる方法を繰り返して、できるだけ大きな酵母のクラスターができるようにした。

ところが、12年から16年にかけて、ラトクリフ氏は何度も同じ壁にぶつかっていた。実験を始めてから最初の数カ月間は酵母が順調に成長するが、細胞が300~400個まで増えると成長が止まってしまうのだ。ラトクリフ氏は、何らかの理由でシステムに自己制限がかけられているのではと考えた。

そんなとき、研究室に新しく入ってきた博士研究員のG・オザン・ボズダグ氏が、酸素の量を変えてみてはどうかと提案した。酵母は無酸素でも生きられるし、生命進化の歴史の中で、地球の大気に含まれる酸素の量は大きく変動してきた。それが多細胞生物の進化の過程や時期に重大な影響を与えた可能性はある。そこでボズダグ氏とラトクリフ氏は、無酸素、低酸素、有酸素の3つの状態で実験を行うことにした。

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細胞の形とクラスターの構造も変化
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