全国60社で取り扱い 山梨発スーパーのPB広がった理由
無添加、オーガニック野菜、グルテンフリー……。健康志向の食品を数多く集めたスーパーマーケットが山梨県にある。独自に開発した健康志向のPB(プライベートブランド)である「美味安心」は今や全国60社のスーパーが取り扱うほどに広まっている。「価格は一瞬、健康は一生」という理念で地域の健康を守る「いちやまマート」の強さに迫る。
「農薬の使用量は半分以下です」――。米売り場に掲げられた大きなポップ。しらすや塩サバのパックには「減塩」の文字が躍り、冷凍ギョーザの商品名の下には「化学調味料不使用」との記載が。生鮮売り場ではオーガニック野菜も充実している。訴求するのは価格ではなく、まず"健康"。そんなスーパーマーケットが、山梨県や長野県で16店舗展開する「いちやまマート」だ。
店内に入ると一般的なスーパーと変わらない商品が並んでいるように思えるが、手にとって見ると「合成着色料不使用」だったり、「小麦粉不使用」だったり、健康を意識した商品が数多く並んでいることが分かる。例えばマヨネーズ売り場にはカロリーカットの商品が何種類も並んでいるほか、卵不使用、アマニ油使用、有機卵使用など、実に充実している。
中でも人気なのがいちやまマートのPBである「美味安心」だ。合成着色料、合成保存料、合成香料、化学調味料を使わないとうたう独自企画の商品。すでに430以上のアイテムを取りそろえ、コーヒーやお茶からレトルト、調味料、日配品、漬物、豆腐、パン、菓子まで、ジャンルは多岐にわたる。これらが他のNB(ナショナルブランド)と同じ棚に並んでいる。
PBというと「価格が安い」というイメージがあるが、美味安心は低価格を目指したものではない。例えば、カレールー(110g、4皿分)は323円(税込み、以下同)、レトルトハンバーグ(120g)は368円など、商品によっては一般的なNBの1.5~2倍近くするものもある。だが、それでも客は味や価格に納得したうえで美味安心をかごに入れる。いちやまマートの三科雅嗣社長は、「"価格は一瞬、健康は一生"という理念がようやく理解されるようになってきた」と話す。
一番の人気商品は「和豚もちぶたジャンボ焼売」。デパ地下にある大きな肉だんごからヒントを得て作ったジャンボしゅうまいで、化学調味料を使用していないことが売りだ。「素材を厳選して本来の味を引き出せば、化学調味料なんて必要ない。数年前にしゅうまいの皮を改良して電子レンジで調理できるようにしたところ、さらに売れるようになった」(三科社長)
実は美味安心の商品を取り扱っているのはいちやまマートだけではない。美味安心のコンセプトに共感した他県の同業者からのリクエストがきっかけで、今では北海道から九州まで、約60社のスーパーにも卸している。美味安心は全国のスーパーのお墨付きでもあるのだ。
いちやまマートの名前の由来は「山梨で一番のスーパーを目指す」という志から来ている。地域一番主義を掲げて1958年に創業したいちやまマートだが、当初から今のような健康志向を目指していたわけではなかった。
今や全国のスーパーでも買えるようになった健康志向のPB、美味安心が生まれたのは、三科社長の家族の死がきっかけだ。いちやまマートを創業した三科社長の父は55歳で亡くなり、兄と二人で後を継いだが、その兄も46歳の若さでこの世を去った。「身近な家族の死を通して、人生において『健康な身体』を保つことが最も重要であるという考えにたどり着いた」と三科社長は当時を振り返る。
健康な身体をつくるのは食生活。そこから食と健康について本を読んだり、大学教授の講演を聴いたりして勉強し、まず目をつけたのが合成着色料だ。そこで2001年にタール系色素などを使っているNB商品を店舗では一切売らないと決めた。
食品スーパーの品ぞろえを合成着色料を使用しないNB商品だけに絞るのはそう簡単ではない。「例えば、子供向けのカラフルな菓子のほとんどは店からなくなった」と三科社長は笑う。しかし、全社を挙げた努力やメーカーの協力で合成着色料を使わない代替品や新商品をそろえていった。
同時期に地元紙に全面広告も打った。「タール系色素完全撤廃!」と書かれた広告には、合成着色料無添加のたらこやウインナー、チェリーなどの写真が並ぶ。さらに「各店の食品売り場で、もしタール系色素使用の商品を見つけられた方は、各店サービスカウンターへお申し出下さい。ご協力に感謝していちやま商品券〈壱万円分〉を贈呈いたします」との文言も。健康志向のスーパーへと大きく舵(かじ)を切るいちやまマートの一大決心だった。
全面広告の反響は大きく、「こんなことをしても売り上げにはつながらないだろう」という同業者からの批判的な声も多かった。しかし、それ以降も卸やメーカーに協力を依頼し、可能な限り食品添加物を使用しない商品を集め、開発する努力を継続。地道に続けてきた結果、「今はそれが信頼につながり、いちやまマートのブランドになった」(三科社長)
"無添加"でも味を追求する
今でこそ無添加をうたうNB商品は数多くあるが、当時は種類が少なく、少量生産のため価格も課題だった。また、単純に食品添加物を抜いただけのものだと薄味でおいしくない。「安心」と「味」を両立させる商品がないのなら自分たちで作る。そこで健康をアピールした新しいPBを作ろうと美味安心のプロジェクトがスタートした。
商品開発は、協力してくれるメーカーを探す段階から苦労の連続だった。ようやく見つけ出しても、要望通りに食品添加物を抜いたものはやはりおいしくない。そこで素材の持ち味を引き出すことはもちろん、使う塩にこだわったり、だしなどの天然調味料を工夫したりすることで味を仕上げていったという。開発した商品はすべて三科社長が試食して最終チェックする。「もう430アイテム以上作ってきたので、素材本来が持つうまみを引き出すコツはだいたい分かってきた」と三科社長は胸を張る。
いちやまマートの「強い独自商品」に育った美味安心は食品添加物以外にもその幅を広げている。近年のヒットが、日本でも約10年前から話題になっている「グルテンフリー」と呼ばれる小麦粉を使用しない食品だ(注1)。「自身で気づかないだけで、実はグルテン不耐症やグルテン過敏症という人は一定数いる。そうした人が食事をグルテンフリーに変えたところ快調になったという話も聞く」(三科社長)
グルテンフリー商品の中で特に人気なのが「こだわりの味 ハンバーグステーキ」だ。もともとは「グルテンアレルギーの孫においしいハンバーグを食べさせたい」という客のリクエストがきっかけで開発したもの。パン粉などのつなぎを使わずに作っているため、肉や玉ねぎそのものの味が前面に出て評判が良く、結果的に通常のハンバーグと同じくらい売れているという。糖質を約65%カットできるのも魅力だ。そのほか、グルテンフリーのカレーやクリームシチューのルー、米粉パンやパスタなど、さまざまな商品がラインアップされている。
美味安心と同じく、健康をテーマにした新しいコンセプトのPB「ナチュラル」も生まれた。「イメージとしては"オーガニックな魚や肉"。例えば、飼料に抗生物質などを使った魚や肉は多いが、そうしたものを極力使わないようにしたものをナチュラルブランドとして展開している」(三科社長)。牛肉や鶏肉、サーモン、タコなど、いちやまマートの食肉・魚売り場に並ぶ多くのパックにナチュラルのシールが貼られている。
移動販売や宅配で地域貢献
山梨県を中心に店舗を展開するいちやまマートだが、大きな課題は人口減だ。山梨県によると県内の人口は1999年の約89万人をピークに減少傾向が続いている。「人口減は一番の悩みだが、"買い物弱者"などをなくし地域に貢献するため、17年3月から移動販売も始めている」と三科社長は話す。移動スーパー「とくし丸」(徳島市)と連携し、4台の移動販売車を確保。山梨市や甲州市、韮崎市、諏訪市など、対象エリアを週に2回ずつ巡回している。
今後力を入れていこうと考えているのはネットスーパー事業だ。20年7月から一部店舗で試験導入しており、対象エリアであればスマートフォンやパソコンから注文した商品を月額638円で毎日届けることも可能。会員になれば、自宅に置ける配達用の商品保管庫を無料で設置するサービスもあり、不在時でも荷物を受け取れる。また、ペットボトルや缶、新聞紙などの資源ごみの無料回収も行う。「中国のネットスーパーを視察してその普及度に驚いたが、日本もいずれそうした時代が来る。最新のテクノロジーを取り入れながら、地域の人々の健康を守っていきたい」と三科社長は語る。今後はオンライン販売も拡充。店舗に行かなくても美味安心の商品を全国の人々が買える仕組みづくりも強化していくという。
22年は食品以外にも運動に注目する。まずは本部や店舗のスタッフを集めて体操教室などを開く予定だ。「新型コロナウイルス禍で、"健康な身体づくり"には食べ物だけでなく、実は運動も重要だということに改めて気づかされた」(三科社長)。将来的には、来店客を巻き込んで、体を動かす健康教室も開きたいという。
(注1)※グルテンフリー商品の一部は小麦を扱う作業場で製造しているため、小麦アレルギーの人などは注意が必要
(日経クロストレンド副編集長 佐々木淳之、写真 廣瀬貴礼、商品写真提供 いちやまマート)
[日経クロストレンド 2022年1月19日の記事を再構成]
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