メンタルケアの新手法「オープンダイアローグ」って?
今、精神医療の現場で、フィンランド発祥の新たなケアの手法「オープンダイアローグ(開かれた対話)」が注目を集めている。統合失調症の患者を、薬物治療を行わずに「対話」だけで回復に導いてきた実績があるからだ。コロナ禍では孤独を感じやすく、依存症に陥りやすくなったり、家族との距離感が変わって心身ともに疲れることもあるだろう。そこで、オープンダイアローグはどういうもので、なぜ人の心を癒やすのか、またその魅力や実践方法について、オープンダイアローグを第一線で実践する筑波大学・医学医療系教授で精神科医の斎藤環さんに、3回にわたって聞いていく。
対話によって自然に問題が解決されていく
――近年は、日本でも精神医療に携わる人向けのオープンダイアローグの教育研修が始まっており、精神医学の学会などでも講演やワークショップが盛んに行われています。斎藤さんも精神医療の現場でオープンダイアローグを実践するとともに、『まんが やってみたくなるオープンダイアローグ』(医学書院)など多数の著書を出されています。まずオープンダイアローグとは、どのようなものか、簡単に説明していただけますでしょうか。
斎藤さん オープンダイアローグとは、1980年代にフィンランド・西ラップランド地方にあるケロプダス病院精神科で開発・実践されてきた、主に発症初期の統合失調症患者への治療的介入の手法です。実践のためのシステムやケアの思想も含まれます。
臨床の現場というと、医師と患者が1対1で向き合うシーンを思い浮かべる方が多いでしょうが、オープンダイアローグでは、患者、家族、専門家チーム(医師、看護師、心理士など)が輪になって「開かれた対話」を行います。また、その対話の最中、ときおり専門家同士がその場で感じたことを話し合い、それを当事者たちに聞いてもらうというリフレクティング(※後ほど説明)を挟みます。そこで生じる相互作用によって、自然に回復が起こるのです。
オープンダイアローグによるミーティングのイメージ
オープンダイアローグを導入した西ラップランド地方の報告(導入2年後の予後調査)では、統合失調症患者の入院治療期間が平均19日間に短縮され、抗精神薬が必要とされた事例は全体の35%(伝統的治療の場合は100%)になりました。さらに、2年後の再発率は24%(伝統的治療71%)、障害者手帳を受給している患者は23%(伝統的治療57%)と目覚ましい成果を上げています[注1]。
薬をほとんど使わず、対話の実践だけで統合失調症を回復に導くというオープンダイアローグの登場は、精神医療の世界に大きな衝撃を与えました。今では、様々な国に広がり、イギリス、デンマーク、ドイツなどでは、オープンダイアローグが公的なメンタルヘルスサービスに組み込まれつつあります。
[注1]Seikkula, J., Olson, M. E. : The OPD approach to acute psychosis : Its poetics and micropolitics. Family Process, 2003;42(3):403-18.
――斎藤さんはどのようにしてオープンダイアローグに出合ったのですか。
斎藤さん 私がオープンダイアローグに興味を持つきっかけとなったのは、アメリカの臨床心理士でもあるダニエル・マックラー監督が製作したドキュメンタリー映画『Open Dialogue』[注2]です。対話だけで治療するとは、はじめは半信半疑でした。しかし、現地では自治体が取り入れ、公的病院で実践されています。前に述べたようにしっかりとしたエビデンスもあります。研究者に会ったり、現地視察をしたりする中で「これはいける」と確信を持ちました。
実際に臨床現場に取り入れてみて、その効果に手応えを感じています。例えば、オープンダイアローグでは、従来治療では強制入院が必要なレベルの統合失調症の重症患者で、当初は全く支離滅裂な話をしていた人が、普通に会話をできるようになるのです。私の専門であるひきこもり事例への対応でも、非常にうまくいっています。
[注2]2011年作。YouTubeで視聴可能
「治療」や「解決」を前提としない唯一の療法
――オープンダイアローグは、実際にはどのように行われているのでしょう。
斎藤さん ケロプダス病院では、患者や家族から連絡をもらったら24時間以内に専門家チームが結成され、自宅を訪問し「お話を聞かせてください」といって対話を始めるようです。参加者は、患者本人と家族、友人など。患者さんが話したいと思う人を交えて対話をします。専門家チームは医師、看護師、心理士、トラウマセラピストなどで構成されます。病院の外来に来てもらって、行うこともあります。私は以前は訪問で行っていましたが、今は主に外来で行っています。
――事前の打ち合わせや台本もなく、いきなり始めるのですね。
斎藤さん そうですね。準備をしないというのが、オープンダイアローグの特徴の1つです。チームで治療に当たる場合、通常は、医療者側がスタッフミーティングやケースカンファレンスをして、事前に患者の病歴や症状を情報共有してから進めていくものです。しかしオープンダイアローグでは、専門家チームが患者の問題や病理に焦点を当てることをしません。事前に情報を仕入れすぎると偏った認識になってしまうからです。とにかく、勝手に決めてしまうことはしてはいけません。
――「治そう」という感覚がかえって邪魔になるということでしょうか。
斎藤さん はい。病状や症状はとりあえずおいておいて、あくまでも患者さんが何に困っているかを、みんなで一から聞いていきましょうというスタンスになりますね。「今日はどういったお話をされたいですか?」「どういうふうに始めますか?」といった感じで口火を切ります。つまり、「ノープランで臨め」が基本ルールです。オープンダイアローグは「治療や解決を目的としない、ほぼ唯一の手法」であると言えるでしょう。
カウンセリングやグループミーティングとの違いは?
――オープンダイアローグはカウンセリングやグループミーティングと比べて、どのような点が違うのでしょうか。
斎藤さん 従来の手法が「1対1」または「1対多」というミーティングだとすると、オープンダイアローグは「N対N(チーム対チーム)」で行うという点が大きく違います。
チーム制で行うメリットはいくつかあって、まず権力構造や二者関係から解放されます。医者と患者の関係では、「医者が言ったことは重い」「医者はエライ」「医者の言うことを聞かなければならない」という前提が出来上がってしまいます。そうした権力構造の下にある環境では、患者さんは自由にものを言えなくなり、共依存(特定の相手との関係にとらわれている状態)やハラスメントといった問題も起きがちです。そうしたヒエラルキーをなくすためにも、チーム制はとてもいい方法です。全員が対等な立場で場に臨むことができるように、少なくともミーティングの場では医者を「先生」とは呼ばずに互いを「さん」づけで呼び合うことも大切なルールです。
また、オープンダイアローグには「その人がいないところで、その人の話をしない」というルールがあります。つまり、これは患者不在のところで治療方針を決めないということであり、患者の尊厳や知る権利を尊重することにつながります。オープンダイアローグでは上下関係がない、薬もほとんど使わない、そして患者の人権が守られる。このような倫理的な環境で行うので、患者だけでなく、我々治療者側も実はすごく楽なのです。
――斎藤さんの著書『まんが やってみたくなるオープンダイアローグ』には、様々な事例が出てきます。対話は、会話とどう違うのでしょうか。
例えば、夫が浮気をしているという妄想を抱くようになり、毎晩夫に「離婚したい」と詰め寄り暴れていた女性のケースでは、次のようにオープンダイアローグが始まりますね。
患者女性「離婚の話を進めたいです、隠さずに言ってほしい」
夫「何も隠してないって!」
斎藤さん「例えばどういうことですか」
患者女性「財産分与を、アパートを探します。私はがんだし……」
斎藤さん「がん? 検査をしたのですか?」
患者女性「将来そうなるということです。だからお金が必要で……」
斎藤さん 対話とは、このように妄想に基づいて語る人であっても、その人の主観を否定せず、とことん大事にすることです。話を聞いたらきちんと反応を返すということも大切なことです。
統合失調症は、脳の働き(考えや気持ち)がまとまらなくなってしまう病気です。話が支離滅裂になるなど、妄想、幻覚が起こることがあります。この場合、1対1で理路整然と問い詰めると、患者はかえって混乱してしまいます。説得や議論や説明は、「結論ありき」で相手を変えようとする試みであって対話ではありません。
事例にあるように、専門家チームは、一切反論せず、ただひたすら患者の話を聞くということを丁寧に続けていきます。「こうしたらどうか」ではなく、「私たちにも分かるように教えてくれませんか」という姿勢で尋ね続けることを大切にします。アドバイスもしません。目的は、対話を続けることそれ自体です。そうすると、患者さんは安心して話すことができ、自然と考えが整理され、大抵の場合、話がまとまっていくのです。
「ちゃんと聞いてもらえた」という体験が人を変えていく
――専門家同士が患者の目の前で患者について話し合う「リフレクティング」という手法も興味深いです。まるで自分が噂されているのを観察しているようです。詳しくお聞かせいただけますか。
斎藤さん リフレクティングは、当事者たちが見ている前で、専門家チームが感想やアイデアを出し合い、それに対して患者や家族が感想を述べるというもので、今やオープンダイアローグの根幹をなす手法の1つになっています。
1時間~90分のセッションの途中で、「これから私たちで話し合いますから少し聞いていただけますか?」と言って始めることが多いですね。患者や家族とは目を合わさずに、専門家チームだけで行います。
例えば……
セラピスト「眠れているのでしょうか。心配ですね」
医師「孤独感や不安感があったのではないでしょうか」
看護師「自分にも同じような経験がありますね」
セラピスト「〇〇を頑張っているのは偉いですね」
……などと、それまで聞いたことについて感想を述べ合ったり、本人や周囲の人が頑張っていることを評価したりします。
人は面と向かって意見を言われると、一般的には反発(心理的リアクタンス)が生じ、受け入れがたいという気持ちが起こるものです。一方、リフレクティングという方法だと、患者さんは専門家の話を、まるで人ごとのように俯瞰(ふかん)できます。冷静に聞くことができ、実際のセッションでも、ほとんどの方が素直に聞いて受け入れます。
これはいわば、お盆の上にたくさんの感想やアイデアが載せられるイメージです。患者さんが「この考え方はいいな」と自発的に思えたらそれを選んでもらう。1個選んでもいいし、他の案を考えてほしいと言ってもOKです。リフレクティングは、治療方針に患者が参加する機会を作るためにあるとも考えられます。いろいろな意見を聞いて、患者自身の中にも共感や疑問などいろいろな声が生まれていきます。主体性を回復する上でも、リフレクティングは効果的だと思います。
1:対話を続けるだけでいい
2:ノープランで臨む
3:1対1ではなくチーム戦で臨む(3人以上が望ましい)
4:その人がいない場所で、その人の話をしない
5:リフレクティングを設ける
(次回に続く)
(ライター 及川夕子)
[日経Gooday2021年10月1日付記事を再構成]
精神科医、筑波大学医学医療系社会精神保健学教授。1961年生まれ。筑波大学大学院医学研究科博士課程修了。医学博士。専門は思春期・青年期の精神病理学、病跡学、「ひきこもり」の治療、支援ならびに啓発活動。オープンダイアローグ・ネットワーク・ジャパン(ODNJP)共同代表。主な著書に『改訂版 社会的ひきこもり』(PHP 新書)、『オープンダイアローグとは何か』(著訳、医学書院)、『開かれた対話と未来』(監訳、医学書院)、『まんが やってみたくなるオープンダイアローグ』(医学書院)ほか多数。
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