忘れられた惑星からホットな惑星へ
1960年代半ば以降、米国の惑星探査計画の資金の大半は火星に投下されていた。米航空宇宙局(NASA)が前回、金星探査機を打ち上げたのは1989年で、このときの探査機「マゼラン」は金星表面の大まかなレーダー地図を作製した。
金星ミッションに積極的だったのは旧ソ連で、1960年代から1980年代まで多くの探査機を送り込み、1975年にはベネラ9号を金星に着陸させ、写真撮影を成功させた。これらは地球以外の惑星表面をとらえた最初の写真となった。

最近では日本とヨーロッパの探査機が金星を探査しており、インドも新しい金星ミッションを計画しているが、ここ数年、金星を周回している探査機は日本の「あかつき」だけだ。水や生命の痕跡を探す余地のない金星は、多くの科学者にとって忘れられた存在だった。
けれども今は違う。2021年6月、NASAのトーマス・ズルブチェン副長官は、NASAのディスカバリー計画の一環として2つの新しい金星ミッション「ダビンチ・プラス(DAVINCI +)」と「ベリタス(VERITAS)」を発表し、惑星学界を驚かせた。その翌週には、欧州宇宙機関(ESA)も金星探査機「エンビジョン(EnVision)」の打ち上げを発表した。
なぜ今、金星をめざすのかと問われたズルブチェン氏は、金星の気候の歴史に関して新たな興味深い科学的知見が得られていることや、金星によく似た系外惑星が多数発見されていること、そして、ディスカバリー計画の数億ドル(数百億円)という限られた予算の中で大きな成果をあげる可能性があることを理由に挙げた。「金星は今、とてもホットな惑星なのです」
新しい世界
3機は2020年代のうちに金星に向けて出発する。ダビンチ・プラスは2029年に打ち上げられ、2回の金星フライバイ(接近通過)を行った後、周回軌道に入る。そして複数の波長で金星の雲と地表を撮影するが、このミッションの主役は金星表面に降り立つプローブ(着陸機)だ。プローブは2031年に1時間かけて金星の雲の中を静かに降下し、地表の詳細な画像を上空から撮影する。
ダビンチ・プラスの副主席研究員であるNASAゴダード宇宙飛行センターのジャーダ・アーニー氏は、プローブはチタン製で球形をしていて、ビーチボール程度の大きさだと説明する。無事に着地できれば地表で最大17分間活動することができるが、それは必須ではなく「おまけです」と彼女は言う。
プローブは大気中を降下しながら金星の大気を採取する。特に重要なのは希ガス(ヘリウム、キセノン、クリプトン、アルゴンなど)だ。希ガスは金星の歴史の直接的な痕跡であり、金星の形成経路、火山や巨大衝突の歴史、水の起源などを明らかにするだろう。ふつうの水素と重水素の比も重要だ。この比から大気中の水の量が明らかになり、かつて金星に海があったかどうかを知るためのカギとなるからだ。
プローブが着陸する予定の「アルファ・レジオ」と呼ばれる地域は、金星の表面に広がる変形した「テッセラ」と呼ばれる領域の1つだ。科学者たちは、テッセラは古代の大陸の跡ではないかと考えているが、これが花崗(かこう)岩と玄武岩のどちらでできているかが大きな問題となっている。地球上の花崗岩は、その形成に水を必要とし、大陸地殻を構成しているのに対し、玄武岩は火山によって形成される。NASAのベリタス・ミッションは、金星の表面組成を調べることで、この謎を解明しようとしている。