お笑いコンビAマッソ 続けるには知ってもらわないと
2020年の女芸人No.1決定戦『THE W』でファイナリスト入りして以降、バラエティー番組への露出を増やしているAマッソ。きつめの関西弁を生かしたしゃべくり漫才をはじめ、コント、トーク、大喜利と守備範囲が広く、"お笑いの地肩"が強い女性芸人として、これまでも一目置かれてきた。最近は『爆笑問題&霜降り明星のシンパイ賞!!』(テレビ朝日系)で、フワちゃんを生んだ恩人として加納がクローズアップされるなど、ますます注目度が高まっている。
結成は2010年。小学校時代からの幼なじみで、お笑い番組を一緒に見ていた仲だったという。「最初は吉本新喜劇から見始めて、『ZAIMAN』(99年~09年)などの漫才番組をよく見てました」(村上)、「特に好きやったのは、フットボールアワーさん、ブラックマヨネーズさん、麒麟さん。そのあと『M-1グランプリ』が始まって、笑い飯さんに衝撃を受けました」(加納)
大学在学中から大阪のインディーズライブに出演し始め、松竹芸能タレントスクール(現・松竹芸能養成所)を経て、「新宿角座」がオープンした11年に所属芸人の1組として上京。その2年後には方向性の違いから松竹芸能を去り、フリーでしばらく活動した後にワタナベエンターテインメントに所属することになった。「フリーだった当時は、"BeachV(びーちぶ)"に出させてもらったり、ソニー(ソニー・ミュージックアーティスツのお笑い部門。BeachVは常設劇場)の兄さんたちに良くしてもらってました」と村上が語ると、加納は「錦鯉さんのライブに呼んでもらったり。『本当に行くところがなかったらうちにおいで』と言ってもらったんですが、絶対に行きたくなかったです(笑)」と冗談半分に振り返った。
加納は文芸誌でエッセーを連載するなど文筆業でも才能を発揮しており、すべてのネタ作りを担当している。「1000対0で加納が作っているので、私はハイパーコメディエンヌとしてやってます」と村上がおどけると、「彼女は人の台本で光るんです」と加納は役割分担を説明した。
2人がコンビの転機として挙げたのは20年の『THE W』。「その前の19年は、単独ライブに力を入れていたから、賞レースは出なくてもいいかな、というモードで。だから1つも出なかったんですけど」(村上)、「でも考えてみると、売れてる人でも両方ともやっているんだから、自分たちもそうしようって。そのあたりから柔軟性を持つようになりました」(加納)
同時に、テレビに対する考え方が変わったのもその頃。「ほんまに、ちゃんとテレビに出ていくぞと、腹を決めました。それまでは、好きなことをやれていればという感覚やったんです。でも、結成から10年たって、そんなことは言うてられないなと。好きなことを続けるためには、たくさんの人に知ってもらわないといけない」(加納)、「私は気付くのがもっと遅くて、今年からですね(笑)。期待に応えようとか、番組のためにとか、そういうことも考えるようになりました」(村上)
すごいと思った先輩芸人については、「爆笑問題さん」と口をそろえた。「何年も前から、『爆笑問題の日曜サンデー』などのラジオでもお世話になっていまして。めっちゃ頭がいいのにアホなんで、最高ですね」(加納)、「爆笑問題さんがMCのときは、2人とも1番伸び伸びできます」(村上)
これからやりたいことは「全国ツアー」(加納)、「海外ロケ」(村上)。それを実現するために、「チケット枚数も、YouTubeの再生回数も、あらゆる面で強くなりたい」と加納は言葉に力を込める。
将来の理想像について、「次に何をするということを決められるポジションにいたい」(加納)、「自分たちの番組を持ちたい」(村上)と言う2人。あらゆるジャンルのお笑いに貪欲に取り組んできた成果が表れ始めており、さらなる快進撃を見せてくれそうだ。
(ライター 遠藤敏文)
[日経エンタテインメント! 2021年10月号の記事を再構成]
関連リンク
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。