日経ナショナル ジオグラフィック社

2021/11/12

聴覚に関しては、泣くなどの苦痛の表現や、笑うなどのポジティブな音を聞いたとき、イヌはそのほかの発声や人間以外のものが発する音を聞いたときとは異なる反応を示すことがわかっている。人間が出すそうした音に触れると、イヌは飼い主や音源の方を見たり、そちらに近づいたりする可能性が高くなる。

嗅覚に関しては、「イヌは体臭に対して非常に敏感であり、(人間の)糖尿病や、おそらくはてんかんを検知することができると考えられています」とウィン氏は言う。18年に『Animal Cognition』に掲載された研究では、ラブラドールレトリバーとゴールデンレトリバーを、人間の体臭サンプル3種類(恐怖、幸福、ニュートラルな感情)にさらす実験を行っている。研究者らは、男性被験者にそうした感情を起こさせた後、脇の下からにおいを採取した。

そして集めたにおいを、イヌが自由に動ける空間(飼い主や見知らぬ人もいる)に、特殊なディスペンサーを使ってエアロゾルとして散布した。恐怖のにおいにさらされたイヌは、「幸せな」においをかがされたときよりもストレスを感じている行動が増え、心拍数も上昇した。イヌたちはまた、幸せなにおいをかいだときの方が、見知らぬ人たちに対してより興味を示した。

人間の感情を察知するとき、「イヌは多くの場合、視覚、聴覚、嗅覚、そしてだれかが不安になっているときにはおそらく触覚も含めたさまざまな感覚から集めた情報を含む、複合的な合図を使っています」と、コロラド大学ボルダー校の生態学・進化生物学名誉教授マーク・ベコフ氏は話す。

イヌの感情も人にうつるのか?

ところで、イヌの感情が人間に伝染することがあるかどうかについてはまだよくわかっていない。ただ「その可能性は高い」と考える専門家もいる。「イヌの幸せがわたしの気分を高揚させることは確かです」とウィンは言う。ベコフ氏も同意見だ。「わたしも、人間はイヌの感情に影響を受けると思っています。恐怖やストレスの方が伝染しやすい場合もあるでしょう。しかし、しっぽを振って駆け寄ってきたり、耳を後ろに倒さず前に向かって起こしていたりするときには、イヌの幸せな感情は容易に読み取ることができます」

イヌを飼っていてもいなくても、人間はイヌの表情からポジティブな感情とネガティブな感情の両方をうまく見分けることができる。その理由のひとつは、特定の感情状態を表す表情の変化が、どちらの種にも共通しているためだ。

ストレスや緊張が双方向に伝染することを示唆する例として、リード装着時の過剰な反応がある。リードをつけて散歩しているときに、愛犬がほかのイヌや人、車に向かってほえたり、うなったり、突進したりすると、飼い主は恥ずかしい思いをしたり、ストレスを感じたりして緊張し、それがイヌの恐怖心や不安感をさらにあおることがある。それがまた「イヌが再び同じ行動をとるきっかけとなり」、そこから何度も同じことを繰り返すようになる可能性もあると、ユーデル氏は言う。

それでも、お互いの感情の起伏を共有することは多くの場合有益だ。なぜならそれはより深いレベルでのつながりを築く助けとなるからだ。「わたしたちの祖先にとって、飼い犬が何かについて警告してくれるおかげで迅速に行動できるということには、生死を左右する意味がありました」とウィン氏は言う。「お互いに警告を伝えられるというのは、どちらの種にとってもメリットがあるのです」

家、生活、家族、活動を共有することは、人間とイヌとのつながりの質を高めてくれる。お互いの感情を共有することは、「相手をよりよく理解する助けとなり、絆を深め、その絆を長期間維持してくれます」とベコフ氏は言う。「イヌと人間が感情を共有することは、社会的な接着剤とも言えるものです」。この「接着剤」が、生涯にわたって人とイヌを結びつける役割を果たしていることはあるだろう。

(文 STACEY COLINO、訳 北村京子、日経ナショナル ジオグラフィック社)

[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2021年10月24日付]