日経ナショナル ジオグラフィック社

2021/11/12

人間は、会話の最中に相手の表情やボディーランゲージを無意識にまねする傾向を持っている。それがきっかけで、人はほかの人の感情を共有することが多い。ミラーニューロンと呼ばれる神経細胞を発火させることで、あたかも自分がそれを自然に体験しているかのような感情が脳内に呼び起こされる。

短時間で起こるこうした模倣は、イヌ同士の交流や遊びの中でも起こることが確認されており、イヌが人と接する際にも起こっている可能性がある。

イヌも人間も同じように、怒っているときには顔の筋肉がこわばり、歯を食いしばり、体が緊張するものだと、マイヤーズ=マナー氏は指摘する。これはつまり、怒っているイヌを目の前にしたとき、あるいは自分が怒っているときには、イヌと飼い主はお互いに相手の表情やボディーランゲージを無意識に模倣し、その結果同じ気持ちを抱くようになる可能性があるということだ。「イヌとの密接な関係によって、わたしたちはほかの種とは異なる方法でお互いの(感情の)シグナルを感知するよう共進化してきたのです」

長年、研究者たちは、イヌが家畜化した際、情動伝染が生き残りのメカニズムとして作用したのではないかと考えてきた。つまり、もしイヌが飼い主の感情を読み取って共有することができたなら、より大切にしてもらえると考えられるからだ。しかし最近、そうした考え方は変化してきている。

学術誌『Scientific Reports』に掲載された最新の研究は、イヌと飼い主が触れ合う際にオキシトシンが放出される原因は、イヌと飼い主の間にある絆や経験であることを示している。また、『Frontiers in Psychology』に19年に掲載された研究では、人間と飼い犬の間で情動伝染が起こる程度は、同じ環境を共有している時間に伴って増加することが判明している。

顔の表情と体臭

五感もまた、人と犬との情動伝染に影響を与える。イヌは顔の手がかりよりも身体的な感情表現により多く注目するという研究結果がある一方で、イヌは人間の顔の表情を、人間と同じようなやり方で処理することを示す研究もある。18年に『Learning & Behavior』に掲載された研究によると、イヌは6つの基本的な感情――怒り、恐怖、幸福、悲しみ、驚き、嫌悪――を表す人間の顔に応じて、視線や心拍数に変化が表れるという。

「イヌと人間が態度を同調させることはわかっています。イヌはよく飼い主の自然な動きに合わせて行動するからです。ですから、イヌが感情を同調させるというのも意外ではありません」。こう話すのは、米オレゴン州立大学コーバリス校の動物行動学者で、動物科学准教授のモニーク・ユーデル氏だ。「イヌはわたしたちのことを非常によく観察しています。彼らは人間の視線やボディーランゲージだけでなく、わたしたちが発する音や香りにも影響を受けています」

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イヌの感情も人にうつるのか?