川内有緒 全盲の美術鑑賞者とめぐる発見と驚きの旅

日経エンタテインメント!

「じゃあ、なにが見えるか教えてください」

全盲の美術鑑賞者・白鳥建二氏にそう言われて、ノンフィクション作家の川内有緒は「そうか彼は『耳』で見るのだ」と理解した。そこで、目の前の絵を見たままに伝え始める。「ひとりの女性が犬を抱いて座っているんだけど」。『目の見えない白鳥さんとアートを見にいく』の最初のエピソードである。この段階では、全盲の人と絵を見る=絵の説明をすることだなと、読者は思う。しかしそれは、思いもよらぬ発見と驚きに満ちた、とても楽しい美術鑑賞の旅の、ほんの入り口にすぎなかったのだ。

1972年、東京都生まれ。大学卒業後、海外での生活を経て、2010年より東京を拠点に執筆活動に入る。『バウルを探して 地球の片隅に伝わる秘密の歌』で新田次郎文学賞、『空をゆく巨人』で開高健ノンフィクション賞を受賞。著書に『パリでメシを食う。』『パリの国連で夢を食う。』『晴れたら空に骨まいて』など。白鳥建二氏を追ったドキュメンタリー映画『白い鳥』の共同監督でもある(写真:鈴木芳果)

「白鳥さんは、年に何十回も美術館に出かけている人。美術館で教育普及の仕事をする友人・マイティが、『白鳥さんと作品を見ると楽しいよ』と誘ってくれたのがきっかけで、3人で美術館を巡るようになりました。白鳥さんと絵を見ていると、同じ作品でも印象が変わったり、初めは目に入らなかったディテールに気づいたりすることがよくあって。目の解像度が上がったような感覚です。もっと伝えたい、という思いが自然に湧いてきて、目に見えているものだけではなく、自分の感想や、思い出話まで、たくさん話をしてしまう。画家や作品についての知識や理解を求める鑑賞の仕方とはまったく違う面白さがあるんです」

会話は、アートのことだけにとどまらない。「道に迷ったらどうするの?」「点字ブロックって役に立つ?」「色は分かる?」――。知り合ったばかりの頃は遠慮して聞けなかったことも、理解したい、と思うから聞く。鑑賞後の、お酒を飲みながらの会話も示唆に富んでいる。

「人間同士が会話をしていくことの面白みを伝えたい、という気持ちはありました。コロナ禍になって、出かけたり、ワイワイ話をしたりすることは難しくなってしまいましたが、その場に居合わせたメンバーだからこその会話、その時にしか生まれないものを書き留めたかった」

米国企業やパリのユネスコ本部で働いた経験を持つ川内は、“違う”ということに対してかなりオープンなはずだ。しかし、「白鳥さんと話していくうちに、自分の考えは凝り固まっていたんだなと気づかされた」と振り返る。

「例えば、私が外国人に対して壁がないのは、一緒に仕事をした経験があって、よく知っているからです。でも、障がいや差別についてはあまりにも知らなさすぎた」