住み家なきメキシコの象徴 ウーパールーパーの危機

日経ナショナル ジオグラフィック社

2022/2/12
ナショナルジオグラフィック日本版

2021年4月、水槽内を泳ぐ雌のメキシコサラマンダー(PHOTOGRAPH BY LUIS ANTONIO ROJAS)

メキシコに、奇妙な両生類のラベルが貼られた地ビールがある。描かれているのは羽のようなエラを持つメキシコサラマンダー(アホロートル)、日本ではウーパールーパーの名でかつて人気を博した絶滅危惧種だ。

首都メキシコシティにある地ビール醸造所モンストロ・デ・アグアは、自社のビールすべてにメキシコサラマンダーのラベルを貼っている。この生物の危機をメキシコの人々にもっと知ってもらうためだと、創業者のマティアス・ベラ=クルス・ドゥトレニット氏は言う。「わが社がいい製品を作れば、メキシコサラマンダーの保護をより効果的に訴えることができます」

2019年12月、メキシコシティのソチミルコにある運河に設置されたチナンパ(作物を育てるための人工の浮島)のそばで船を漕ぐ農民(PHOTOGRAPH BY LUIS ANTONIO ROJAS)

メキシコ文化のシンボル

メキシコサラマンダーは、何世紀にもわたりメキシコ文化の重要なシンボルであり続けている。現地名のアホロートル(Axolotl)は、アステカの火と稲妻の神ショロトル(Xolotl)にちなんだものだ。モンストロ・デ・アグアとは「水の怪物」を意味し、古代アステカ人の言語ナワトル語でアホロートルを意味する言葉をスペイン語に翻訳したものだ。

かつてはメキシコシティ周辺の湖に広く見られたこの両生類は、今ではソチミルコ湖周辺の運河にしか生息していない。個体数はわずか50~1000匹程度にまで減少しており、国際自然保護連合(IUCN)は近絶滅種(Critically Endangered)に指定している。わずかに残された個体群も、水質汚染、外来種のコイやティラピアによる捕食、生息地の喪失など、さまざまな脅威にさらされている。

2021年2月、泥を利用して苗床を作るソチミルコの農民(PHOTOGRAPH BY LUIS ANTONIO ROJAS)
2020年12月、水質分析のために、ソチミルコの運河の水を撮影するメキシコ国立自治大学生態学修復研究所のカルロス・スマノ氏(PHOTOGRAPH BY LUIS ANTONIO ROJAS)

一方で、メキシコサラマンダーの認知度は飛躍的に高まりつつある。今ではこの生物は、オンラインゲーム「マインクラフト」や、ゲームプラットフォーム「ロブロックス」にキャラクターとして登場し、また2021年末に発行された新しい50ペソ紙幣にもその姿が描かれている。

メキシコサラマンダー(野生のものは通常、茶色か灰色)はまた、ペットとしても非常に人気が高い。ペットの個体は通常、体が白く一部にピンク色が入っているが、これは飼育下での繁殖による遺伝子変異によるものだ。

「必要なのは生息地」

メキシコ国立自治大学でメキシコサラマンダーを研究するルイス・ザンブラノ氏はしかし、こうした認知度の向上が意味ある変化につながるかどうかは疑わしいと考えている。

「世界には何百万匹もの(飼育下の)メキシコサラマンダーがいます」とザンブラノ氏は言う。「しかし必要なのは生息地です」。2200万人の人口を抱える大都市において、これは極めて困難な課題だ。

次のページ
伝統農法で新たなすみかを