つらいかゆみで悩んだら…アトピーや腎臓病にも新治療
ヒトがかゆみを感じる神経の仕組みが近年明らかになってきたことで、かゆみの医療は大きく変わった。順天堂大学大学院医学研究科環境医学研究所 順天堂かゆみ研究センターのセンター長を務める高森建二特任教授らの研究グループは、病的なかゆみの多くで皮膚の乾燥によるバリア機能の障害が関わっていることを明らかにした。同時に、重い肝臓病、腎臓病の患者に見られる激しいかゆみ(激痒)にはβ-エンドルフィンなど脳内の神経伝達物質のバランスの崩れが関与していることを解明。高森特任教授らの研究は、かゆみで悩んでいる患者のQOL(生活の質)の改善を実現する新たな医療を生み出している。
アトピー性皮膚炎患者などを苦しめる「かゆみの悪循環」とは
かゆみを伝える神経であるC線維は、健康な皮膚であれば表皮と真皮の境界部近くまで伸び、その先端には30種類を超えるかゆみを伝える物質の受容体がある。順天堂大学の高森建二特任教授は、肌の乾燥が進むと皮膚のバリア機能に障害が起こり、C線維が表皮の一番外側にある角層のすぐ下まで伸び、わずかな刺激でも強いかゆみを感じるようになることを明らかにした(前回記事「『かゆみ』の悪循環を断つには 保湿と紫外線で対策」参照)。
このとき強く掻くと、皮膚が傷ついてバリア機能がさらに壊れかゆみが強くなるという「かゆみの悪循環」(イッチ・スクラッチ・サイクル)が起こる。これは中高年以降によく見られる冬の乾燥肌(老人性皮膚掻痒症)でも起こっているが、アトピー性皮膚炎では、ハウスダストなどのアレルゲン(抗原)に対する免疫反応が関与することで、強烈なかゆみの悪循環が起きている。
高森特任教授は「アトピー性皮膚炎の患者では、より小さな刺激でかゆみを感じて無意識のうちに肌を掻いてしまう。普通の人なら掻きすぎると痛みとなり掻くのをやめるが、アトピー性皮膚炎では痛みがかゆみに変わってしまうので、かゆみの悪循環が止まらなくなる」と解説する。
かゆみの悪循環
かゆみをコントロールする新薬でアトピーを改善
アトピー性皮膚炎の治療は、肌を清潔に保ち、保湿を心がけ、適切なステロイドの塗り薬などを塗るのが基本。ただ、そう一言で言っても、全身のケアを毎日続けることは患者や家族の大きな負担になっていた。
しかし、アトピー性皮膚炎の発症メカニズムの研究が進み、2018年にかゆみを効果的にコントロールすることで症状を軽減する生物学的製剤(抗体医薬)の注射薬「デュピルマブ」(商品名:デュピクセント)が登場した。アトピー性皮膚炎ではバリア機能が壊れた皮膚からハウスダストなどのアレルゲン(抗原)が侵入。それをキャッチした免疫細胞である樹状細胞からの指令でヘルパーT2細胞が活性化され、この細胞から放出されるサイトカインであるIL-4、IL-13、IL-31などがかゆみの引き金になる。
高森特任教授は「デュピルマブは、こうしたサイトカインをブロックすることで患者のかゆみを軽減。悪循環をストップすることで皮膚症状を改善できるようになった」と解説する。
腎臓病などの患者を悩ます激しいかゆみ
日常生活に支障が出るほどの強いかゆみで悩まされるのはアトピー性皮膚炎だけではない。例えば、腎不全になると皮膚がカサカサになりかゆみが出てくるが、さらに症状が悪化し透析を受けるようになると、8割から9割の人がかゆみを訴えるようになる。さらにその1~2割は夜も眠れないような「激痒(げきよう)」という症状で苦しんでいる。高森特任教授は「患者さんは体を冷やしたりして工夫しているが、なかには小さな熊手で背中を掻かないと眠れないという患者さんもいる」と訴える。
こうしたかゆみは肝硬変など重い肝臓病、糖尿病、エイズなどでも見られる。多くは明らかな皮膚症状が見られない皮膚掻痒(そうよう)症と診断され、しかも抗ヒスタミン薬の効果が得られない「難治性のかゆみ」だ。なかには検査で原因となる病気が見つからないのに強いかゆみだけを訴える皮膚掻痒症もあるという。
中枢性のかゆみのメカニズムを解明
こうした病気では、かゆみを伝える神経であるC線維の異常などが見られないのに、なぜ激しいかゆみを感じるのか。その原因も長い間分かっていなかったが、高森特任教授らの研究グループが注目したのは、C線維が関与する末梢のかゆみとは異なり脳内のオピオイドという物質が関与する中枢性のかゆみの存在だ。
オピオイドは末期がんの患者の痛みの治療にも用いられるモルヒネと似た構造と機能を持つ物質の総称だ。モルヒネを使用すると強い痛みは消失するが、使用を続けているとかゆみが出てくる。そこで研究グループは脳内にある4つのオピオイドが関与する神経の働きを調べてみると、「β-エンドルフィン/μ(ミュー)-受容体系」はかゆみを誘発し、「ダイノルフィンA/κ(カッパ)-受容体系」はかゆみを止める働きがあることが分かった。
中枢のかゆみをもたらす2つの受容体系
研究グループでは、この2つのバランスの崩れが中枢性のかゆみに大きく関わっていると考え、「ダイノルフィンA/κ-受容体系」が強く働くような薬の開発に東レと共同で取り組み、2009年にκ-受容体に結合して働く「ナルフラフィン塩酸塩」(商品名:レミッチなど)を掻痒症治療薬として発売した。
高森特任教授は「ナルフラフィン塩酸塩は、現在では慢性腎不全や肝硬変のかゆみの改善に使われている。患者によってはピタッとかゆみが止まることもあり、QOLの改善に役立っている」と話している。
耐えがたいかゆみで悩んだら
長い間、医療の世界でかゆみは「痛み」ほど重要視されてこなかった。しかし、かゆみを感じるメカニズムが解明された今、患者のQOLを低下させる重要な症状として世界中で研究が進んでいる。
ただ、最新研究と実際の医療のギャップはまだ残っている。高森特任教授は「アトピー性皮膚炎をはじめ抗ヒスタミン薬が効かないかゆみの病気は多いが、日本ではまだ漫然と処方されているケースも少なくない」と言う。
特に原因不明のかゆみの場合では、患者が多くの医療機関を渡り歩くケースも多い。高森特任教授は「かゆみの原因となる基礎疾患がないか、まずはしっかりした検査を受けてほしい。高齢者では多種類の薬を併用していることも多い。かゆみを誘発する薬剤は多いので、適正かつ最小限の処方を心がけることも重要だ」と話す。
そして、正しい保湿とスキンケアを心がけた上で(前回記事「『かゆみ』の悪循環を断つには 保湿と紫外線で対策」参照)、かゆみの治療に積極的で抗ヒスタミン薬以外の治療の提案をしてくれる皮膚科医に相談し、自分に合った有効な治療法を見つけていくことが重要だ。皮膚掻痒症を改善できる治療法として専門家が科学的に評価した「皮膚掻痒症診療ガイドライン」の2020年版でも、神経痛などに用いられるプレガバリン、漢方薬、カプサイシンを含んだ軟膏、抗不安薬などの向精神薬など複数の治療の選択肢が示されている。
高森特任教授は「かゆみの治療はこれから急速に進歩するだろう。抗ヒスタミン薬だけにこだわらず、いろいろな治療法を患者と一緒に探してくれる医師を見つけ、自分に合った治療を探してほしい」とアドバイスしている。
(ライター 荒川直樹、図版制作 増田真一)
[日経Gooday2021年12月3日付記事を再構成]
順天堂大学大学院医学研究科環境医学研究所 順天堂かゆみ研究センターのセンター長。1967年順天堂大学医学部卒業。米国Duke大学医学部Research Associateなどを経て、93年同大学教授。2005~12年順天堂大学医学部附属浦安病院院長、07年より順天堂大学大学院医学研究科医学研究科特任教授、08年より同大学院環境医学研究所所長。かゆみ、アトピー性皮膚炎、難治性かゆみなどを専門とする。順天堂大学大学院医学研究科・環境医学研究所が19年に設立した、かゆみの治療に特化したアジア初の研究機関、順天堂かゆみ研究センターのセンター長。
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