古代ペルー、「幻覚剤の飲みニケーション」で繁栄?

日経ナショナル ジオグラフィック社

ナショナルジオグラフィック日本版

西暦600年から1000年にかけてペルー沿岸部の大部分を支配していたワリ族の人々は、チチャというビールに似た飲料を多彩な酒器で楽しんでいた(PHOTOGRAPH BY KENNETH GARRETT、 MUSEO NACIONAL DE ARQUELOGIA ANTROPOLOGIA E HISTORIA PERU)

幻覚剤を混ぜたアルコール飲料が生む友好的でくつろいだ感情が、1000年以上前の南米に栄えた帝国を支えていたかもしれない。そんな論文が2022年1月12日付で学術誌「Antiquity」に発表された。

南米のアンデス地方には、今に伝わる「チチャ」というビールに似た飲み物がある。このチチャがワリ帝国の文化で果たした役割は、以前から考古学界で認識されていた。ワリ帝国は、西暦600年から1000年ごろまで、ペルー沿岸部とアンデス山脈南部の大半を支配していた国家だ。この国の権力者たちは、近隣の有力者を招いて盛大な宴会を開き、チチャをふるまって政治・経済面での連携を強化していた。

ペルー、キルカパンパでは、ベリーに似た数千個のコショウボクの実が発見された。これらは発酵酒チチャの醸造に使用された(PHOTOGRAPH COURTESY OF LISA MILOSAVLJEVIC、 ROYAL ONTARIO MUSEUM)

今回、ワリの「醸造所」で幻覚作用がある植物の残留物が発見されたことから、ワリの政治力をさらに強化するために、アルコールと幻覚剤という2つの作用が使われていた可能性が示唆された。

この残留物が発見されたのはペルー南部、ワリ族の村があったキルカパンパ。このあたりは非常に乾燥した地域で、村が放棄される9世紀後半までの食生活の残留物が今日まで残されている。現場で考古学者たちは、1100年前のイモ、キヌア、ピーナツに加え、驚くほど大量のベリーのような果実を発見した。これはコショウボク(Schinus molle)の実で、ワリ帝国では、アルコール度5%ほどのチチャを醸造する際、頻繁に使用されていた。

ところがキルカパンパでは、チチャを造るためにコショウボクの実を水に浸したり煮たりした残留物から、向精神作用があるビルカ(Anadenanthera colubrina)の種子が見つかった。論文の筆頭著者であるジャスティン・ジェニングス氏によれば、古代の南米でビルカが幻覚剤として使用されていた事実は考古学的証拠によって確認されているが、ビルカの使用は通常、政界や宗教界の有力者に限られていた。同氏は、ナショナル ジオグラフィックのエクスプローラー(協会が支援する研究者)で、カナダのロイヤル・オンタリオ博物館の考古学者。ナショナル ジオグラフィックは、今回の調査を支援している。

2013年から2017年にかけて、ペルー、カナダ、米国の考古学者たちの国際チームが、キルカパンパ遺跡の発掘を行った(PHOTOGRAPH COURTESY OF LISA MILOSAVLJEVIC、 ROYAL ONTARIO MUSEUM)
ペルー南部のキルカパンパ遺跡。キルカパンパはワリ帝国の辺境の入植地で、9世紀後半に放棄された(PHOTOGRAPH COURTESY OF LISA MILOSAVLJEVIC、 ROYAL ONTARIO MUSEUM)

9世紀半ば、北方にあったワリ帝国の中心地から、少数の家族がキルカパンパに移住してきた。この地方でワリ族以外のコミュニティーと新たな同盟関係を強化するために、彼らがビルカとチチャを併用する慣習を持ちこんだ可能性がある。そして、キルカパンパの人々が新天地で新たな友好関係を築く上でビルカとチチャの併用が有効だったとすれば、これが、ワリ帝国の政治力強化を支えていた可能性がある。

「おそらく『ビルカとチチャを合わせよう。混ぜ合わせて回し飲みすれば、皆で同じ体験ができる』という流れだったのでしょう」とジェニングス氏は言う。

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「離脱体験」