日経ナショナル ジオグラフィック社

微生物の存在を示唆?

地球上では、このような被覆はしばしば生命と結びついている。そう考えると、火星の岩石を被覆する紫色の物質は、宇宙生物学者にとって大きな意味をもつ可能性がある。

マルノチャ氏によると、岩石の表面の凹凸は、過酷な環境に暮らす微生物の小さな安住の地として、養分を供給し、日除(ひよ)けになり、乾燥した土地に水分を供給しているという。こうした微生物の中には、岩石の表面から削り取られたり水に溶け出したりした金属を代謝して、被覆の形成を手伝っているものもいる。火星の岩石の被覆は、強烈な日差しが繊細な有機構造を分解するのを防ぎ、かつて微生物が生きていた証拠をその死後も長く保存するのに役立ってすらいるかもしれない。

火星の岩石の表面が何かに被覆されていることを示す最初の証拠は、1970年代半ばに火星に着陸したバイキング・ミッションで得られていた。しかし、この黒っぽい色をした斑点が、表面の汚れではなく被覆であることを確認するには、多くの探査車が必要だったとマルノチャ氏は言う。

特に興味深いのは、現在、火星探査車「キュリオシティー」が調査しているゲール・クレーターで発見された、マンガンを多く含む黒っぽい被覆だ。これは地球上の「砂漠ワニス」と呼ばれる、小さな生命体が多く生息している特殊な岩石被覆によく似ている。ロスアラモス国立研究所の環境微生物学者であるクリス・イェーガー氏は、最近アメリカ全土の砂漠ワニスの調査を行い、「放射線耐性菌の有名どころが勢ぞろい」しているのを発見した。

イェーガー氏らは、ある特定の種類のシアノバクテリアが、砂漠ワニスのマンガン含有量の鍵を握っているようであることも発見した。この細菌は、マンガンを濃縮して有害な太陽光線から身を守っていた。日焼けどめと同じ原理だ。

ジェゼロで新たに発見された被覆は、砂漠ワニスと見なされるのに必要なマンガンを含んでいないが、だからといって、古代の微生物とは無関係ということにはならないとランザ氏は言う。「火星の微生物が何をするかなんて、誰にもわかりませから」

研究チームは、被覆の化学的性質をさらに解明し、微生物の存在を示唆する有機物を探したいと考えている。しかし、紫色の斑点が形成されたしくみを突き止める方法は少ない。その1つが、岩石を地球に持ち帰り、実験室で調べることだ。

パーシビアランスは、火星のクレーターの中を走行しながら岩石に孔をあけてサンプルを採取し、試験管の中に封入している。試験管は火星の表面に保存され、将来のミッションで地球に運ばれることになっている。紫色の被覆は壊れやすいが、オリラ氏は、いくつかのサンプルは採取に耐えて、将来、科学者が詳しく観察できるだろうと考えている。

パーシビアランスは現在、かつてクレーターに流れ込んでいた川が形成した、ジェゼロの三角州に向かって走行していて、研究チームの期待はこれまで以上に高まっている。ランザ氏は、「私たちはまだごく初期の段階にいます」と言う。「今後、さまざまなタイプの物質に遭遇することになるでしょう。今回見つかった紫色の被覆は、その1つにすぎません。私たちの前には多くの発見が待ち構えているのです」

(文 MAYA WEI-HAAS、訳 三枝小夜子、日経ナショナル ジオグラフィック社)

[ナショナル ジオグラフィック 日本版サイト 2022年1月17日付]