日経ナショナル ジオグラフィック社

紫色のクレーター

火星の岩石を覆う紫色の物質は、ジェゼロ・クレーターの中で見つかった。このクレーターは、数十億年前に隕石(いんせき)が衝突してできた直径約50キロメートルの窪(くぼ)みで、以前は古代湖があったと考えられている。

パーシビアランスは昨年2月にクレーターの中に着陸し、それ以来、クレーター内を動き回っている。紫色の物質は、探査車のルート上で撮影されるほとんどすべての画像に写っている。

火星の岩石が何かに被覆されているのは新しい発見ではない。だが、ジェゼロ・クレーターではあまりにも頻繁に紫色の斑点が見られるため、科学者たちは当惑している。

12月のAGUの会合では、米インディアナ州のパデュー大学のブラッドリー・ガルチンスキー氏も、被覆の分析結果を発表した。氏は、パーシビアランスの「科学の目」である「マストカムZ」という一対のカメラの画像を使って被覆を調べている。特定の波長の光を遮断する、さまざまなフィルターを使って画像を撮影することで、岩石の組成を大まかに把握できるのだ。

オリラ氏らは、パーシビアランスの「スーパーカム」を使って、被覆をさらに詳しく調べている。スーパーカムは岩石にレーザーを照射し、微量の物質を蒸発させて、その元素組成を調べることができる。また、レーザー照射で岩石の被膜を貫いて表面に小さな孔が開くときの音からも、岩石の硬さなど、その性質を知るための手がかりが得られる。

これらの分析の初期の結果は、紫色の部分が、その下の岩石よりも柔らかく、化学的に異なる物質の層であることを示していた。マストカムZの画像は、この被覆が酸化鉄の一種を含んでいる可能性を示唆している、とガルチンスキー氏は言う。一方でオリラ氏は、スーパーカムの分析結果によると、この層は水素を豊富に含んでいるほか、マグネシウムを多く含んでいることもあるという。

水素の存在は、紫色の斑点の形成に水が関与していることを示唆している。酸化鉄も同様で、雨ざらしの自転車に錆(さび)ができる反応と同じだ。研究が進めば、ジェゼロ・クレーターの湖の水はいつまで残っていたのか、湖の化学的性質はどうだったのかなど、火星の過去の湿潤な時期に関する情報がたくさん得られるかもしれない。ガルチンスキー氏は、「被覆の存在は、この物語の鍵となる部分かもしれません」と言う。

しかし、この紫色の斑点の位置にはちょっとした謎がある。パーシビアランスは現在、湖の堆積物の上ではなく、マグマが冷えてできた岩石の上を走行しているからだ。これらの岩石がどのようにして現在の場所にやってきたのか、そして、いつ、どのようにして水に触れたのはまだわからない。ランザ氏は、「ジェゼロ・クレーターの中で、被覆された岩石がありそうな場所を推測しろと言われたら、私はこの場所とは考えないでしょう」と言う。

チームは数点のサンプルを分析しただけだが、すでに多くの難題に直面している。スーパーカムを使って測定した化学的性質と、レーザー照射による音の分析結果は、必ずしも一致しないようだとオリラ氏は言う。現時点では、被覆とその下の岩石と火星表面に常にある塵(ちり)の化学的特徴を分離するのは厄介だ。また、火星は風が強いため、レーザー照射の音が聞こえないときもある。

「火星を調べるのは簡単ではないのです」とランザ氏は言う。

次のページ
微生物の存在を示唆?