一方で、ベルディのTNRプログラムに断固として反対する人もいる。たとえばアガディール在住のジャーナリスト、モハメド・レダ・タウジニ氏は、保護団体には野良イヌを死ぬまで世話し、毎年ワクチンを打つだけのリソースがないのだから、人道的なアプローチは安楽死させることであると主張する。
「野良イヌは何百匹といます」とタウジニ氏は言う。「ワクチンを打っても問題は残ります。それでは解決策にはならないし、街のためにもならないでしょう」
病気などで通りに放すことができないイヌは、SFTが所有する広さ約8000平方メートルの保護施設へ運ばれる。この施設には現在、470匹以上のイヌが保護されている。SFTはまた、17年以降、推定60匹のイヌをヨーロッパの家庭に里子として送り出している。
カダウィ氏はしかし、より大きな視野でこの問題をとらえている。
「里親が見つかるのはもちろんすばらしいことです」と氏は言う。「しかし、街には3万匹の野良イヌがいます。里子に出しても解決はしません。解決策は、人間がイヌたちと共生することを学び、彼らに気を配ることです」
そうした理想を目指して、カダウィ氏は、タンジェがイヌとの共生のモデル地域となり、市民が病気のイヌを見かけたら報告したり、暑い日にはボウルで水を出してやったりする場所になることを願っている。
安全のために石を持ち歩く人も
朝の巡回で捕獲した3匹のイヌを、カダウィ氏が動物病院へ連れていくと、そこでは獣医のラーレチ・モハメド・シャキブ氏が待っている。
シャキブ氏は、寸暇を惜しんでイヌのために尽力する自分やカダウィ氏のことを、冗談めかして「クレイジーピープル」と呼ぶ。3匹のイヌをバンから診療所へ運ぶシャキブ氏は、イヌたちのことをまるで自分の子どものようにやさしく抱きしめる。
ワクチン接種や不妊手術に加え、このクリニックにやってきた野良イヌには、耳に識別番号の書かれた黄色いタグが付けられる。健康で落ち着いた性格の子は、最初に発見された場所に戻される。耳に付いたタグが、地域社会にとって危険な存在ではないという目印になる。
しかし、必ずしもこれだけでイヌたちが安全に過ごせるわけではない。国内の都市では、野良イヌの数を減らしたい当局が、彼らを銃で撃ったり、毒殺したりしている。内務省は19年、ベルディの殺処分をやめ、不妊手術やワクチン接種に力を入れると発表したものの、ソーシャルメディアに投稿される動画からは、イヌたちがいまだに当局や市民によってまとめて捕獲され、銃で撃たれていることがわかる。中には殴り殺されるイヌもいる。
モロッコは人口の99%以上がイスラム教徒であり、カダウィ氏によると、彼らの多くはイヌが不浄であると信じているという。しかし、自身もモロッコのイスラム教徒だというカダウィ氏は、こうした考え方を「まったくのたわごと」だと断じる。
「コーランには、イヌについて何も否定的なことは書かれていません。神が創られた生き物には、不浄なものなどいないのです」
大半の人は野良イヌたちが苦しむことを望んではおらず、それは自身も2匹のイヌを飼っているジャーナリストのタウジニ氏も同じだ。しかしタウジニ氏は、ベルディが原因だという生々しい傷痕の写真を自身のフェイスブックに投稿し、イヌが危険な行動に出ることは少なくないと訴えている。氏によると、モロッコ中の街では、人々が自分や子ども、ペットの身を守る必要がある場合に備えて、小さな石を持ち歩くようになっているという。
タンジェで民宿を経営するドリス・セムラリ氏は、イヌたちを街の外の保護施設に移すといった対策が必要だと考えている。通りに野良イヌがいるせいで、宿泊客は安心して散歩に出られず、絶え間ない吠え声で夜も眠れないという。