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モロッコに300万匹の野良犬 助けようと奮闘する人々

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NIKKEI STYLE

ナショナルジオグラフィック日本版

ここはアフリカ、モロッコの港町タンジェ。サリマ・カダウィ氏の1日はまだ暗いうちに始まる。街の大半が眠っているこの時間、通りをわが物顔で闊歩(かっぽ)しているのはベルディと呼ばれる野良イヌたちだ。

2021年8月のこの朝、カダウィ氏はバンで出発すると、わずか数分で1匹目を見つけた。茶色いイヌで、鼻先が黒く、足先が白い。ベルディとは、モロッコにすむ雑種のイヌたちの総称で、モロッコの方言、ダリジャ語で『田舎から来た』を意味する。

カダウィ氏は車を道端に止め、ドッグフードとスリップリード(ひもの端の輪をイヌの首にかけると輪が締まるタイプのリード)を持って外へ出る。イヌは警戒しつつ尻尾を振っていたが、カダウィ氏がしゃがんで頭をなでても怒らずに、彼女が差し出すエサを食べた。

少し離れたところに、さらに5匹が姿を見せ、カダウィ氏の方へトコトコと駆けてきて、相手にしてもらえるのがいかにもうれしいといった様子でエサにかぶりつく。カダウィ氏はスリップリードを1匹のイヌの首にかけると、その子を抱き上げた。

イヌの体は、カダウィ氏自身の体と同じくらいの大きさがありそうだ。カダウィ氏はイヌをバンの後部に入れてから、さらに2匹を捕獲するために戻ってくる。最初に彼女が目にした白い足のオスは、少し距離をとりつつも、まだ尻尾を振って静かに氏を観察している。

「今朝は、3匹以上は連れていけないんです」と語るカダウィ氏は、タンジェで野良イヌたちの保護活動を行う団体「SFTアニマルサンクチュアリ」の創立者だ。3匹のイヌ(いずれも妊娠していることが判明。決して珍しいことではない)には、不妊手術と狂犬病の予防接種が施される。また、個体数をコントロールするために、イヌたちのおなかにいる子は獣医師によって中絶される。その後、SFTのスタッフがイヌを街の通りに戻す。これは一般にTNR――捕獲(Trap)、不妊・去勢手術(Neuter)、元の場所に戻す(Return)――と呼ばれる取り組みだ。

300万匹の野良イヌが引き起こす問題

タンジェだけで少なくとも3万匹の野良イヌがいると言われており、モロッコ全体では推定300万匹にのぼる。イヌたちの多くはゴミの中から食べ物をあさり、けがや病気に悩まされる悲惨な状況で暮らしている。疥癬(かいせん)のほか、まれに狂犬病を患っているものもいる。

モロッコでは毎年80人が狂犬病で亡くなるとされており、それがこの国で野良イヌが嫌われるいちばんの理由だと、カダウィ氏は言う。ベルディがどれほど人をかむかを示したデータはまれで、信頼できないものも多い。ただし、確認されている情報として、海辺の街アガディールでオーストリア人観光客が狂犬病のベルディにかまれ、その後死亡した例がある。

17年、カダウィ氏らは「プロジェクト・ハヤト」(ハヤトはアラビア語で「命」の意)を立ち上げ、タンジェをアフリカ初の狂犬病ゼロの都市とすることを目標に掲げた。その主な手段は、25年までに3万匹にワクチン接種と不妊手術を行うことだ。現在までのところ、ワクチンを接種して解放したイヌは2500匹以上にのぼり、今後はモロッコ内務省からの資金援助を受けて、その数を増やしていくことを予定している。

一方で、ベルディのTNRプログラムに断固として反対する人もいる。たとえばアガディール在住のジャーナリスト、モハメド・レダ・タウジニ氏は、保護団体には野良イヌを死ぬまで世話し、毎年ワクチンを打つだけのリソースがないのだから、人道的なアプローチは安楽死させることであると主張する。

「野良イヌは何百匹といます」とタウジニ氏は言う。「ワクチンを打っても問題は残ります。それでは解決策にはならないし、街のためにもならないでしょう」

病気などで通りに放すことができないイヌは、SFTが所有する広さ約8000平方メートルの保護施設へ運ばれる。この施設には現在、470匹以上のイヌが保護されている。SFTはまた、17年以降、推定60匹のイヌをヨーロッパの家庭に里子として送り出している。

カダウィ氏はしかし、より大きな視野でこの問題をとらえている。

「里親が見つかるのはもちろんすばらしいことです」と氏は言う。「しかし、街には3万匹の野良イヌがいます。里子に出しても解決はしません。解決策は、人間がイヌたちと共生することを学び、彼らに気を配ることです」

そうした理想を目指して、カダウィ氏は、タンジェがイヌとの共生のモデル地域となり、市民が病気のイヌを見かけたら報告したり、暑い日にはボウルで水を出してやったりする場所になることを願っている。

安全のために石を持ち歩く人も

朝の巡回で捕獲した3匹のイヌを、カダウィ氏が動物病院へ連れていくと、そこでは獣医のラーレチ・モハメド・シャキブ氏が待っている。

シャキブ氏は、寸暇を惜しんでイヌのために尽力する自分やカダウィ氏のことを、冗談めかして「クレイジーピープル」と呼ぶ。3匹のイヌをバンから診療所へ運ぶシャキブ氏は、イヌたちのことをまるで自分の子どものようにやさしく抱きしめる。

ワクチン接種や不妊手術に加え、このクリニックにやってきた野良イヌには、耳に識別番号の書かれた黄色いタグが付けられる。健康で落ち着いた性格の子は、最初に発見された場所に戻される。耳に付いたタグが、地域社会にとって危険な存在ではないという目印になる。

しかし、必ずしもこれだけでイヌたちが安全に過ごせるわけではない。国内の都市では、野良イヌの数を減らしたい当局が、彼らを銃で撃ったり、毒殺したりしている。内務省は19年、ベルディの殺処分をやめ、不妊手術やワクチン接種に力を入れると発表したものの、ソーシャルメディアに投稿される動画からは、イヌたちがいまだに当局や市民によってまとめて捕獲され、銃で撃たれていることがわかる。中には殴り殺されるイヌもいる。

モロッコは人口の99%以上がイスラム教徒であり、カダウィ氏によると、彼らの多くはイヌが不浄であると信じているという。しかし、自身もモロッコのイスラム教徒だというカダウィ氏は、こうした考え方を「まったくのたわごと」だと断じる。

「コーランには、イヌについて何も否定的なことは書かれていません。神が創られた生き物には、不浄なものなどいないのです」

大半の人は野良イヌたちが苦しむことを望んではおらず、それは自身も2匹のイヌを飼っているジャーナリストのタウジニ氏も同じだ。しかしタウジニ氏は、ベルディが原因だという生々しい傷痕の写真を自身のフェイスブックに投稿し、イヌが危険な行動に出ることは少なくないと訴えている。氏によると、モロッコ中の街では、人々が自分や子ども、ペットの身を守る必要がある場合に備えて、小さな石を持ち歩くようになっているという。

タンジェで民宿を経営するドリス・セムラリ氏は、イヌたちを街の外の保護施設に移すといった対策が必要だと考えている。通りに野良イヌがいるせいで、宿泊客は安心して散歩に出られず、絶え間ない吠え声で夜も眠れないという。

しかし、イヌをよそへ移動させるのも、安楽死させるのも、状況を悪化させる可能性が高いと、米国に拠点を置く非営利団体「狂犬病予防世界連盟」の技術リーダー、テレンス・スコット氏は言う。

スコット氏によると、もしワクチン接種済みのイヌを地域から排除すれば、単に新しいイヌ(狂犬病の可能性がある)がその縄張りを占拠するだけだという。だからこそ、ワクチン接種をしたイヌを街に戻すことが、病気のまん延を抑える確実なやり方なのだと、氏は述べている。

「いうなれば、ワクチンを接種したイヌは狂犬病との闘いにおける兵士のようなものです。狂犬病のイヌがワクチン接種済みのイヌをかんだ場合、狂犬病の感染はそこで途切れる可能性が高いのです。こうしてワクチン接種は、コミュニティを狂犬病から強力に守ってくれるわけです」

ベルディへの認識の変化

課題は多いものの、イヌたちへのワクチン接種と市民への教育の両方によって、タンジェでの狂犬病感染は大幅に抑制されていると、カダウィ氏とシャキブ氏は自負している。彼らは定期的に学校を訪れて、子どもたちに、イヌに近づかない、イヌを刺激しないといった野良イヌと共存するための方法を教えている。

「大きな問題のひとつは、モロッコの人たちがイヌは怖いものだと教えられていること、そしてイヌは人の恐怖を感じ取ると、自分が危険にさらされていると思ってしまうことです」。たとえば、イヌがほえながら人に向かって走っていく姿は攻撃的に見えるかもしれないが、ほんとうは好奇心を持っているだけなのだと、カダウィ氏は言う。

タンジェの住人の多くは、少しずつベルディを大切にするようになってきている。昨年は、モロッコ軍に属する王立モロッコ憲兵隊の隊員が、市内の交通を止めて野良の子イヌを救出しているビデオが、インターネットで大きな話題になった。

「この活動を始めたとき、世間の人たちからはどうかしているという目で見られました」とカダウィ氏は言う。「けれど今では、よくやっている、ありがとうと言ってもらえるようになったんです。地域全体を味方につけることができれば、この闘いに勝つことができるでしょう」

広がる保護活動

ベルディの暮らしが改善されている街はタンジェだけではない。シャウエンの「ベルディレフュージモロッコ」やアガディールの「サンシャインアニマルレフュージ(SARA)」といった保護団体もまた、それぞれの街でイヌのTNRと海外での里親探しに取り組んでいる。

SARAの創設者ミシェル・アウクスブルガー氏は、数百匹ものベルディを母国のスイスをはじめ、ドイツ、カナダへ送っている。カナダにはベルディ専用のフェイスブックグループまであり、保護されたイヌたちの海外での暮らしの様子が紹介されている。そこには、ベルディが森を散歩したり、ソファでネコと寄り添ったりしている写真が満載だ。

「イヌを引き取った人たちからは、たくさんの感謝の言葉が届いています。彼らは自分のところにきたベルディのことをとても誇りに思っているのです」とアウクスブルガー氏は言う。「ベルディはほんとうにすばらしいイヌです」

シャキブ氏とカダウィ氏も同意見だ。さらに医学的な観点から見ると、里子に出されたベルディたちは純血種のイヌよりも体が丈夫な傾向にあり、最長で17年生きることができるという。「健康で長生きするイヌがほしいなら、ベルディを飼うのがおすすめです」とカダウィ氏は言う。

「もっともやりがいのある仕事」

1日の中でも特に暑い時間帯、カダウィ氏はタンジェの住宅街マラバタにある自宅のドアを入る。15匹のベルディたちはすっかり興奮して、ほえたり、テーブルに飛び乗ったり、尻尾を振ってぐるぐる回ったりしている。

15匹の中には、病気や手術からの回復のために一時的にこの家にいるものもいれば、ここに永住するものもいる。また、何匹かは、TNRプログラムを経て通りで暮らしながら、ときどきここに立ち寄るイヌたちだ。この家は子どもたちでいっぱいの遊び場のようなエネルギーにあふれている。

「常に仕事中という状態です。イヌが寝れば自分も寝て、イヌが起きれば自分も起きます。簡単なことではありません」とカダウィ氏は言う。「それでも、イヌたちがくれる愛と喜びは何にも代えがたいものです。これほどやりがいのある仕事はほかにありません」

(文・写真 ERIKA HOBART、訳 北村京子、日経ナショナル ジオグラフィック社)

[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2021年11月20日付]

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