母は私を秘書の専門学校に入れたが、私はそこから逃げ出し、リーキーに会いに行った。彼がインターンとして働ける場所を見つけてくれたおかげで、公園のレンジャーになるという夢に向かって歩み始めることができたのだ。
ようやくセレンゲティを訪れたのは、ケニア野生生物局に務めていた20代のときだ。一度、マサイマラ国立保護区にいた米国人の研究者に、チームにケニア人はいるかと尋ねたことがある。「ああ、ケニア人の運転手とコックがいるよ」という答えが返ってきた。
アフリカ人が現地で研究することなど、誰も考えていなかったのだ。それでも私は学び続けて生態学と進化生物学で博士号を取得した。そして数年前、自分が大切にしてきたものたちが、深刻な脅威にさらされていることに気づき、自然保護に注力することにした。
生態系全体が危機的状況に置かれている。そのことに関心をもってほしい。セレンゲティの生態系内を移動するオグロヌーもそうだ。
毎年、100万頭以上の群れがマラ川の土手に押し寄せる光景には力強い生命力を感じるが、長期的な傾向を見てみると、そうではないことがわかる。大型哺乳類の生息数が国内で激減しているのだ。
ツアーオペレーターの傍ら野生動物の番組で司会も務めているマサイのジャクソン・ルーセイヤによると、この10年間に姿を消したか、ほとんど見られなくなった動物は10種にのぼるという。
クーズー、サバンナダイカー、ブッシュバック、カワイノシシ、モリイノシシ、オリビ、コロブスモンキー、セーブルアンテロープ、ローンアンテロープ、そしてもちろんクロサイもそうだ。ほとんどが生態系の健全性を示す指標となる重要な動物たちだ。
1990年代、ナイロビの南にあるアティ゠カプティエ生態系で、オグロヌーの大移動が見られなくなった。当時、私たちは手遅れになるまで、何が起きているか気づいてもいなかった。
現在のセレンゲティでも同じことが、より大きな規模で進行しているようだ。でも、今回は何が起きているかわかっている。その脅威は気候変動によってさらに増幅されているのだ。リーキーは、全世界がすぐにこの問題に取り組まなければ、私たちが生きている間にも野生生物の大半が失われてしまうと危惧していた。
もし温暖化という過酷な変化に耐えうる環境があるとすれば、それはセレンゲティの生態系をおいてほかにないだろう。この土地には驚異的な回復力が備わっている。私はこの自然を守り、次の世代へ残すことが可能だと信じているが、その実現にはケニアとタンザニア両国の人々の強い意志が必要だ。
(文 ポーラ・カフンブ、写真 チャーリー・ハミルトン・ジェームズ、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック 2021年12月号の記事を再構成]