
気候変動で進むミイラの劣化
アタカマ砂漠の乾燥した気候のおかげで、チンチョーロのミイラは何千年も保存されてきた。だが、この10年で急速に劣化が進んでおり、皮膚が溶け、黒い液体が染み出しているものもある。米ハーバード大学の研究チームによれば、気候変動の影響で、微生物がミイラのコラーゲンを破壊しているという。
湿度上昇の背景にはエルニーニョ現象の深刻化があり、博物館に保管されていても、砂漠に埋まっていても、ミイラは危機にさらされているということだ。カレタ・カマロネスの南側では、繊維や骨といったミイラの一部がピーナツ色の丘を転がり落ちるのを住民がしばしば見かけている。チンチョーロの遺跡で働く考古学者のジャニナ・カンポス氏は「雨が降るたび、砂漠に骨が現れます。以前は100年に一度の出来事と言われていましたが、気候変動の影響で頻度が上がり、骨の量も増えています」と話す。
雨が降るたびにカンポス氏は、現れるミイラを掘り出したりはせず、座標を記録して登録した後、カラカラに乾いた砂漠に埋め戻している。「地面から取り出した瞬間、この文化財は劣化が始まります」とカンポス氏は説明し、いずれにせよ新しい博物館が建設されるまで保管場所がないと言い添えた。
「バランスの良い環境条件を備える新しい博物館は、ミイラの保存に多大な効果をもたらすはずです」と語るのは、タラパカ大学で保存と博物館の責任者を務めるマリエラ・サントス氏だ。サントス氏は新しい博物館とユネスコの評価によって、チリ最北のアリカ・イ・パリナコータ州が新たな文化観光の拠点になることを期待している。
ユネスコでチリ文化プログラムのコーディネーターを務めるニコラス・デル・バレ氏は最近の展開について、チンチョーロに価値を与えるはるかに大きなプロセスの第一歩だと述べている。「まだやるべきことがたくさんあります」とデル・バレ氏は言い、チンチョーロ文化を世界中の人々に知ってもらうには、チンチョーロの土地に暮らす人がまず物語を理解し、伝えなければならないと補足した。
アリカの遺跡のそばに暮らす人々は、1960~1970年代、裏庭で見つけたチンチョーロの頭蓋骨で遊んだことを覚えている。人々は今、当事者意識を持っている。チンチョーロをテーマにしたレストランやホテルがつくられ、アーティスト(パオラ・ピメンタル氏)や小説家(パトリシオ・バリオス氏)、ミュージシャン(グルーポ・ライセス)もチンチョーロのミイラからインスピレーションを得ている。かつて知らず知らずに墓を荒らしていた人々は、墓が荒らされていると真っ先に報告するようになった。
「時とともに、人々はチンチョーロを科学的に捉え、アタカマ砂漠の最初の住人たちに愛着を持ち始めました」とアリアザ氏は話す。「コミュニティ全体が力を与えられたと感じています。これは自分たちの遺産であり、自分たちのアイデンティティーの一部だと実感しているのです」

(文 MARK JOHANSON、訳 米井香織、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック 日本版サイト 2021年11月13日付]