2021/12/8

7000年ほど前、チンチョーロ人はカレタ・カマロネスの周辺で死者のミイラをつくり始めた。カレタ・カマロネスはアリカから南に約100キロの小さな漁村で、単色の風景が広がるアタカマ砂漠に突如現れる緑の地だ。カマロネス川が太平洋に注ぐ渓谷の末端にあり、三日月形のビーチに金色の砂、エンパナーダを売るレストラン、チンチョーロの墓地がある。

カマロネス渓谷へとつながる全長約30キロの道沿いで、旅行者はこの地の文化を最もドラマチックに表現したものを見ることになる。高いもので5メートル近くある6体の現代的なチンチョーロ像だ。褐色の大地に今も埋まっているミイラをイメージしてもらう意図がある。

紀元前5050年ごろ、チンチョーロ人はこの地で最古のミイラ製作技術を開発した。簡単に説明すると、まず死者の皮を剥ぎ、筋肉と内臓を取り除いた後、木の枝やアシ、粘土で体をつくり直す。アリアザ氏によれば、骨格にボリュームを持たせることが目的で、その後、職人が人やアシカの皮で元通りに縫い合わせる。

カマロネス川にはもともと、現代の安全基準より100倍も高濃度のヒ素が含まれていた。その結果、胎児がヒ素中毒で命を落とすケースが相次ぎ、チンチョーロ人が遺体の儀式的な処理を始めるきっかけになったのではないかというのが人類学者たちの仮説だ。

最初期のミイラのほとんどは幼児と胎児だ。腐りゆく遺体を装飾品に変えることで故人は「死者の主」となり、不死の観念が投影され、死後も共に悲しむことができたとアリアザ氏は説明する。

チリのアタカマ砂漠を流れるカマロネス川。この乾燥地帯で20世紀初頭、チンチョーロのミイラが初めて発掘された(PHOTOGRAPH BY DE AGOSTINI, GETTY IMAGES)

ミイラを保存、展示する博物館

ミイラを間近で見たい人は、アタカマ砂漠の北部に位置するアリカのサン・ミゲル・デ・アサパ考古学博物館と解説センター、コロン10に向かおう。アリカはブラウンシュガーのようなビーチでサーファーを、太平洋戦争の戦場で歴史ファンを、火山が点在する公園でハイカーを魅了する楽しい街だ。

また、最も高度な(そして最も新しい)チンチョーロのミイラが1980年代に発見された場所でもある。大部分のミイラはアリカ要塞(ようさい)の下で発掘された。アリカ要塞は太平洋を見下ろす高さ約140メートルのさび色の岩山にある。ここで発見されたミイラは灰のペーストと黒いマンガンまたはレッドオーカー(粘土状物質)に包まれていた。いずれも保存の助けになる素材だ。コロン10に行けば、48体のミイラをガラスの床越しに見学できる。

1967年オープンのアサパ博物館には、世界最大規模を誇るチンチョーロのミイラのコレクションがある。ガラス張りのひつぎを思わせる白いディスプレーにミイラが横たわっている。とても小さくて様式化されたゴシック人形のようなミイラもいる。木の枝やアシで胴体を膨らませ、不気味な仮面で顔が隠されており、どこかしらハロウィーンのかかしのようでもある。

アサパ博物館は約300体のミイラを収蔵しているが、その90%は空調も調湿も行われていない非公開の保管施設にある。現在、200億チリ・ペソ(約28億5000万円)をかけて隣地に新しい博物館を建設しており、2024年までにオープンする予定だ。広さは5000平方メートルあり、40~60%の最適な湿度でミイラを保管できるようになる。

アシでつくられた埋葬用の敷物に男の子のミイラが横たわっている(PHOTOGRAPH BY MARTHA SAXTON, NATIONAL GEOGRAPHIC IMAGE COLLECTION)
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気候変動で進むミイラの劣化