その後、1947年にすべての教徒がこの地を去った。それでも、かつての生き生きとした暮らしの気配がここには息づいている。

国定歴史建造物であるマウントレバノンの大部分は、現在、ダロースクールという寄宿制高等学校の校内となっている。この高校では、目的意識を育む体験実習など、シェーカーの概念の多くをカリキュラムに取り入れている。「この学校の最大のテーマは、コミュニティーです。子どもたちは卒業後も、このことを話題にします」と校長のアンディ・ヴァドネ氏は言う。

キャンパスは、山々を望む365エーカー(約144万平方メートル)の広大な草原にあり、観光客も、1700年代末からシェーカー教徒が建造した17の建築物を見学できる。かまぼこ形の天井がある図書館は1785年に建てられたもので、ニューヨーク州で最も重要なヴァナキュラー建築(土地固有の建築物)のひとつだ。旧集会堂には、入り口が3つある。両端の入り口はそれぞれシェーカー教徒の男性用と女性用、中央の入り口は「世俗の人々」用に設けられていた。

米メーン州のサバスディレイク・シェーカービレッジには、シェーカー教徒の最後の2人が暮らす(PHOTOGRAPH BY DANITA DELIMONT, ALAMY STOCK PHOTO)

池の向こう側には、皮革のなめし作業が行われていた天井の高い納屋がある。実は、この建物は音響効果も優れており、夏にクラシック音楽のタナリーポンド・コンサートが開催されるほどだ。

道を上がっていくと、「ルインズ・アット・ササフラス・ファーム」がある。2020年に、キャロル・ライヘルト氏とジェローム・シェレダ氏が78エーカー(約31.5万平方メートル)の敷地を購入した際には、男性用作業場と椅子工房だけが確認された。どちらも、マウントレバノンに8つあったファミリーのひとつの名残だった。

しかし、数十年分の木の枝やがれきを片付けると、8000平方フィート(約740平方メートル)の納屋の基礎部分が、ほぼ完全な姿で発掘された。長く埋もれていた貯氷室や女性用の作業場、堰堤(えんてい)なども見つかった。

森の中の新たに整備された小道を行くと、シェーカー教徒の墓地がある。ここには、コミュニティーとして生活を営んでいたであろう40人ほどが埋葬されている。「シェーカーズ」とだけ刻まれた墓碑が、人々の永遠の眠りの地を示している。

ライヘルト氏とシェレダ氏は、200万ドル(約2億3000万円)近い資金を、ササフラス・ファームに投じてきた。2022年の夏、この施設は博物館、宿泊ロッジ、パフォーマンス会場として、オープンする予定だ。「米国の人々の生活にシェーカー教徒が貢献したことを、広く知ってもらいたいのです」とライヘルト氏は言う。「深い信仰を持つ人々のグループが不朽の文化を残したことは、私たちの歴史の特筆すべき点です」

約21億円かけて拡充するシェーカー博物館

ニューヨーク州のチャタムから車で北へ15分の場所にあるシェーカー博物館は、家具、医療関連器具、農機具など、世界最大規模のコレクションを所有している。1948年、マンハッタンの株式ブローカーから農場主に転身したジョン・スタントン・ウィリアムス・シニア氏によって設立された。

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現代人にとってのシェーカーとは