
サム・ロビンソン氏がイラノキ属の巨木に触れて散々な目にあったのは、2018年に熱帯雨林をハイキングしていたときのことだった。オーストラリアのメインレンジ国立公園で、とげに触れると猛烈な痛みを生じることで知られるデンドロクニデ・エクセルサ(Dendrocnide excelsa)を見た氏は、その評判を確かめるため左手で触れてみたのだ。
「評判どおりの痛さでした」と氏は笑う。「植物に触ってあのレベルの痛みを経験したのは衝撃的でした」
猛烈な痛みはロビンソン氏の左腕を伝いのぼり、左胸がズキズキした。数カ月後、同じ種類の木に今度は右手で触れたところ、胸の右側だけに痛みが走った。この痛みは体の片側だけに生じるようだ。
オーストラリア、クイーンズランド大学分子生物学研究所の研究員であるロビンソン氏は、何かに刺されるたびにその感覚をソーシャルメディアに記録しているが、スリルを求めてわざわざ痛い思いをしようとしているわけではない。生物毒には医療に応用できる可能性を秘めているものがあると確信しているのだ。近年、このような考えをもつ科学者が増えている。
過去10年間の技術的進歩のおかげで、各種の生物毒がどのように作用し、体に影響を与えるかについて、データが豊富にそろってきた。こうした研究は、生物毒の化学的性質や毒性を及ぼすしくみを解明することで、生物毒が有害であるだけでなく、疼痛(とうつう)やがんなどの新しい治療法につながる可能性を示している。
生物毒由来の物質のいくつかは、すでに処方薬になっている。最初に臨床使用が認められた血圧降下剤の1つであるカプトプリルは、ハララカ(Bothrops jararaca)というかまれると血圧が下がる毒ヘビの毒の研究から生まれた。
糖尿病で最も多い2型の患者の血糖値を下げる薬バイエッタ(成分はエキセナチド)は、北米に生息するアメリカドクトカゲ(Heloderma suspectum)の唾液から開発された。また、髄液中に注入するプリアルト(ジコノチド)という鎮痛薬は、イモガイの毒から開発された。
「生物毒は超悪役であると同時にスーパーヒーローでもあるのです」と米ニューヨーク市立大学(CUNY)ハンター校とCUNY大学院センターの化学准教授マンデ・ホルフォード氏は言う。氏は、毒をもつ巻き貝に焦点を当てて生物毒の進化を研究している。最終的な目標は、その遺伝子、氏が言うところの「毒のロゼッタ・ストーン」の解読だ。
「毒の遺伝子が進化し、機能するしくみを理解できないかぎり、私たちは表面をなぞっているにすぎません」と氏は言う。
