
この奇妙な木を研究するため、ロビンソン氏の同僚の1人がクイーンズランド州北部の熱帯雨林からデンドロクニデ・エクセルサの種子を持ち帰り、研究室で育てた。そして、長さ7~8ミリにもなるとげの一部を削り取り、毒を抽出した(その後、この木を自分の家の裏庭に植えた科学者もいたという)。
予備的な研究では、デンドロクニデ・エクセルサの毒は、化学的にはサソリやタランチュラの毒と似た作用をすることが示唆された。この木の毒が「電位依存性ナトリウムチャネル」と呼ばれるイオンチャネルを標的としていることもわかった。
電位依存性ナトリウムチャネルは、動物界のすべての神経細胞に存在している。クイーンズランド大学のロビンソン氏の同僚であるイリーナ・ベッター氏とトマス・デュレック氏は現在、この木のとげが刺さった箇所で冷感アロディニアが起きるしくみについて、さらに詳しく研究している。
ロビンソン氏は電子メールで、「現時点では驚くほど複雑だとしか言えませんが、研究は進展しています」と語る。
各種の毒の成分は、がんと直接戦うツールとなる可能性もある。数個のアミノ酸からなる毒ペプチドは、特定の受容体を標的とし、細胞の伝達を操作することが知られている。ということは、健康な細胞に影響を及ぼすことなく、腫瘍細胞の生成だけを阻止するような毒の成分もあるかもしれない。
英カンタベリークライストチャーチ大学の上級講師キャロル・トリム氏と、氏が指導する博士課程の学生ダニエル・マッカラ氏は、ある種のがん細胞の表面にある上皮成長因子受容体(EGFR)というたんぱく質を研究している。氏らはヘビ、サソリ、タランチュラの毒がEGFRの活動を阻害することについて、20年7月17日付で学術誌「Toxicon」に論文を発表した。
ニューヨーク市立大学のホルフォード氏も、がんと疼痛管理の新しい治療法の開発を目指し、巻き貝の毒ペプチドの特徴を調べている。
毒を解読し、応用する
ホルフォード氏は、様々な細胞になりうる幹細胞からミニチュアの毒腺を培養して、毒の遺伝子を解読しようとしている。すでに他の研究者がヘビの毒腺の培養に成功しているが、ホルフォード氏はイモガイの毒を産生する器官のモデル化に挑戦している。最終的には、モデル毒腺のライブラリを完成させて、実験室で培養したオルガノイド(ミニ臓器)の遺伝学を研究したいと考えている。
「オルガノイドを使えば、(毒のロゼッタ・ストーンの)言語を学べるだけでなく、その言語を操作できるようにもなります」とホルフォード氏は説明する。「そうすれば、毒ペプチドの作用をより強力にコントロールできるようになるでしょう」
毒ペプチドを利用した既存の医薬品がもつ欠点の1つは、ペプチドの大半は消化器系で分解されてしまうため、注射で投与しなければならない点だ。生物毒を利用した錠剤を開発するには、腸や肝臓で分解されにくく、なおかつ血流に溶け込む必要があると、英ベノムテック社の創業者で薬学者のスティーブ・トリム氏は言う。氏は前述のキャロル・トリム氏の夫だ。
そのためには、ペプチド自体を再設計する必要がある。「私にとっては、ワクワクするような新しい科学です」とトリム氏は言う。
だが、毒の科学が技術的にどんなに進歩しても、これらの技術は、自然がすでに発明したものを模倣し、操作しているにすぎないという視点をホルフォード氏は忘れていない。「動物たちは、私たちがすでに知っている道具を使って、私たちに道を示してくれています。私たちにとっての課題は、それらがどのように機能しているかを解明することです」

(文 ELIZABETH LANDAU、訳 三枝小夜子、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック 日本版サイト 2021年9月12日付]